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2024/03/14

プレスリリース

光アップコンバージョンには中間体の回転が重要だった! -高効率な光エネルギー変換デバイスの実現へ-(平本昌弘名誉教授ら)

 神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの岡本翔助手と小堀康博教授、東京工業大学科学技術創成研究院の伊澤誠一郎准教授、自然科学研究機構分子科学研究所の平本昌弘名誉教授らの研究グループは、近赤外光を高効率に可視光へ変換可能な有機薄膜固体内部における電子スピンのミクロな運動を調べ、中間体として生成する三重項励起子が固体内部の回転拡散運動でスピン状態を変化させて短波長の光を高効率に生じる様子を捉えることに世界で初めて成功しました。今後、高効率光エネルギー変換デバイス開発が進展し、世界的なエネルギー問題解決に貢献するとともに、人体に害のない近赤外光を光アップコンバージョンさせ利用する光線力学的ながん治療や診断など幅広い分野への展開が期待されます。この研究成果は、2024年3月14日午前9時(日本時間)に、米国科学雑誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」に掲載されました。

 

ポイント

  • ・ 持続可能社会の実現に向け、これまで利用されてこなかったエネルギー源を有効活用することが重要。光アップコンバージョンと呼ばれる長波長光を短波長光に変換する現象を活用し、超高効率光エネルギー変換システムの実現が期待される。
  • ・ 光アップコンバージョンの光エネルギー変換効率は改良されてきているが、この反応のメカニズムが十分に理解されておらず、材料開発のボトルネックとなっていた。
  • ・ 今回、有機薄膜固体内部において生成する三重項励起子の電子スピン状態※1,2を観測した。この中間体が回転しながら拡散することにより極めて高い割合で電子スピン状態の変換を起こし、高効率な短波長変換を実現していることが明らかとなった。

 

研究の背景

 持続可能社会の実現に向けて、これまで利用されてこなかったエネルギー資源を有効活用していく取り組みは非常に重要です。例えば太陽光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽電池の利用はそうした取り組みの一環ですが、赤外線など波長が長い光のエネルギーは低く、太陽光発電には利用困難です。
 そこで、光アップコンバージョンと呼ばれる長波長光を短波長光に変換できる現象を活用し、あらゆる波長の光を太陽光発電に利用するという取り組みがあります。光アップコンバージョンの素過程である三重項-三重項消滅(TTA: Triplet-triplet annihilation)と呼ばれる化学反応を利用することで、太陽光などの弱い光であっても波長変換を起こすことが可能となり、太陽電池や有機発光素子をはじめとする光エネルギー変換デバイスの高性能化に大きく貢献することが期待されます。これまで世界中の研究者が、様々なアイデアを駆使して材料開発に取り組み、このエネルギー変換効率が徐々に改善されてきました。
 しかし、TTAによる光アップコンバージョン(TTA-UC)のメカニズムについては十分に理解されておらず、材料開発のボトルネックとなっていました。TTAは、2個の三重項励起子が1個の一重項励起子に変換される化学反応であり、励起子のスピン多重度が変化します。短波長光源になる一重項励起子の高効率生成条件を明らかにするには、スピン多重度変換の仕組みを理解することが必要ですが、電子スピンの動的効果に着目する研究はほとんど進んでおらず、特にTTA反応中の電子スピン状態の時間発展を直接観測した例はありませんでした。

 

研究の内容

 本研究では、ITIC-Clと呼ばれる近赤外光を吸収する非フラーレン型アクセプタ分子の薄膜と、ルブレンと呼ばれるTTAを起こすドナー分子の非晶性薄膜で構成される二層平面型の固体TTA-UC材料(図1)[1]を測定対象にしました。720 nmパルスレーザー光を照射しながら、材料内部に生成した反応中間体の磁気的性質をマイクロ波により検出する時間分解電子スピン共鳴法※3を用いて、光アップコンバージョンの素過程で生成する励起子の電子スピン状態を観測しました。

図1. 本研究で使用した測定試料の断面模式図。ガラス基板上にITIC-Clをスピンコート法により塗布し、さらにその上からルブレンの非晶性薄膜を蒸着することで測定試料を作成した。測定試料に近赤外光を照射すると、非晶性ルブレン層に三重項励起子が生成し、光アップコンバージョンが起こり可視光を放出する。

 その結果、ルブレン中に生成した三重項励起子によるマイクロ波の吸収(A)および放出(E)の信号を1000万分の1秒の精度で検出することに成功しました(図2)。この中間体は、近接するルブレン分子間をおよそ10億分の1秒間隔で移動しており、二つの三重項励起子同士が最接近した際にTTA反応を起こし一重項励起子を生成することが分かりました。この三重項励起子は、あたかも溶液中をグルグルと回転するように分子配向をランダムに変えながら拡散運動し、三重項励起子同士の距離や配向が時々刻々と変化することによって(図3)、特異なマイクロ波の放出信号を与えることが示されました。

図2. 非晶性ルブレン薄膜とITIC-Cl薄膜で構成される二層平面型試料への720 nmパルスレーザー光照射によって観測された時間分解電子スピン共鳴スペクトル。図中右側にルブレンの分子構造を示した。三重項励起子の運動性を考慮したスペクトルシミュレーション(赤線)により、観測された特異なマイクロ波放出スペクトルを再現した。


図3. 非晶性ルブレン固体薄膜内部における三重項励起子対(TT)の配向運動に伴い進行する光アップコンバージョンのスキーム。ルブレン層に生成した2つの三重項励起子は、薄膜内部を拡散運動することで、(a)互いの距離が遠く離れた状態(T…T)と、(b, c)近接した状態(TT1, TT2)を10億分の1秒間隔で繰り返し往復する。(c)に示すように非晶性固体内部では三重項励起子対の分子配向も様々な状態をとる。

 また、TTA反応途中に形成される三重項励起子がペア(TT)となった状態のスピン多重度は、統計的な割合では11%が一重項TT(S-TT)、33%が三重項TT(T-TT) 、55%が五重項TT(Q-TT)ですが、三重項励起子の運動についてモデル解析した結果、T-TTとQ-TTをS-TTに変化するスピン多重度変換が起きたことで、発光性の一重項励起子を77%におよぶ効率で生じさせていることも判明しました。このように三重項励起子の配向運動によるスピン双極子間相互作用※4の変調が、TTA反応効率に重要な役割を果たすことが実験的に明らかとなりミクロな観点からの知見に基づく光アップコンバージョン材料設計指針を世界で初めて示すことができました。

 

今後の展開

 光アップコンバージョンを起こす材料およびデバイスの研究開発は近年盛んに行われていますが、依然として確かな設計指針は示されておりません。この分野では次々と新しい材料が開発され、光アップコンバージョン効率の改善が報告されていますが、「なぜ高効率化できたのか?」という問いに対し、ミクロな分子配向の変化が電子スピンに及ぼす効果に着目し答えを追究する研究はありませんでした。本研究は、固体材料内部における三重項励起子の運動性による電子スピンの変換が、高効率光アップコンバージョンにおいて重要であることを示しました。このようなミクロな観点を取り込んだ材料設計戦略により、高効率光アップコンバーター開発が進展し、世界的なエネルギー問題解決に貢献するとともに、人体に害のない近赤外光を光アップコンバージョンさせ利用する光線力学的ながん治療や診断など幅広い分野への展開が期待されます。また本研究により得られた知見は、基礎プロセスとしてのTTA反応のしくみの理解を大きく前進させるものです。今後は光アップコンバージョンの研究分野だけでなく、励起子間の相互作用によりスピン多重度が変化する量子現象を活用した様々な基盤技術への応用にも大きな期待が持たれます。

 

用語解説

※1. 励起子
物質が最安定となる電子の配置よりも高いエネルギー状態になった電子配置を持つ分子のこと。不安定なこの中間体分子は、一定時間経過するとエネルギーを放出して元の最安定配置へ戻る。一重項励起子が安定状態へ戻る際に、光としてエネルギーを放出することを蛍光と呼ぶ。光アップコンバージョンでは、材料に入射した光よりも短波長の光を、励起子からの蛍光として取り出す。

※2. 一重項、三重項、五重項などの電子スピン状態とスピン変換
原子は電子と原子核から成り立っており、電子は電気とスピンの性質を備えている。一つの孤立スピンは電子の自転運動で生じる磁石の性質 (磁性) を示す。分子は原子から構成され、電子スピンの配列の仕方やエネルギー値などによって分子の状態は表現される。一般に、A重項 (Aは1, 2, 3などの数字) とは分子のスピンの状態を示す表現 (スピン多重度と呼ばれる) である。有機分子の一重項の多くは磁性を示さないが、A > 1の場合は磁性を示す。一重項、三重項、五重項の各状態は電子スピンの配置の入れ替えで異なる互いの状態に変換することがある(スピン変換)。一重項励起子は高いエネルギーの蛍光を放射しもとの状態に戻ることが多い。一方、三重項励起子はスピン禁制のためにもとの状態に戻る際には、蛍光を発することができない。

※3. 電子スピン共鳴法
電子スピン状態の磁気エネルギーが、電磁石で発生させた外部磁場や中間体分子どうしの磁気エネルギーによって影響を受ける様子をマイクロ波の吸収や放出により検出する手法。時間分解電子スピン共鳴法では、ナノ秒 (ナノ秒は10億分の1秒) パルスレーザーの照射直後に生成する不安定な中間体を、100ナノ秒単位の連続撮影のように観測することができる。

※4. スピン双極間相互作用
三重項や五重項など磁性を示す電子スピンの対において生成する、電子スピン同士の磁気的なエネルギーのやりとり。量子力学におけるスピンは、磁気モーメントを持っている。よってスピンの対は磁気双極子として見なせるため、スピンの間に磁気双極子相互作用が働く。

 

謝辞

本研究は以下の研究助成を受けて実施されました。
・科学研究費助成事業学術変革領域研究(A) (Nos. JP20H05832, JP21H05411)
・科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽) (Nos. JP20K21174, JP22K19008)
・科学研究費助成事業若手研究 (No. JP22K14648)
・湯川記念財団望月基金

 

参考文献

[1] Izawa, S.; Hiramoto, M. Efficient solid-state photon upconversion enabled by triplet formation at an organic semiconductor interface. Nat. Photonics 2021, 15 (12), 895-900. DOI: 10.1038/s41566-021-00904-w.

 

論文情報

・タイトル
“Efficient Spin Interconversion by Molecular Conformation Dynamics of a Triplet Pair for Photon Up-Conversion in an Amorphous Solid”
DOI:doi.org/10.1021/acs.jpclett.3c03602

・著者
Tsubasa Okamoto, Seiichiro Izawa, Masahiro Hiramoto and Yasuhiro Kobori

・掲載誌
The Journal of Physical Chemistry Letters

 

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