お知らせ
2025/02/07
プレスリリース
デバイスの超小型化が進む現在、効率的な光輸送を実現するナノスケールの分子光導波路(光がほぼ漏れることなく伝わる通路)の開発と、その光伝達ダイナミクスの解明が求められています。分子材料内での詳細な励起子挙動を分析するためには、励起子が停留する各色素サイトの配向・配列・距離が規定される分子設計が求められます。しかしながら従来の研究では、これらの条件を満たす分子鎖の開発は達成されていませんでした。
東北大学大学院理学研究科の豊田良順助教、谷口晴大学院生、千葉湧太大学院生、坂本良太教授の研究グループは、東京理科大学の福居直哉助教、西原寛教授ら、京都大学の浦谷浩輝特定助教(科学技術振興機構さきがけ専任研究者を兼任)、帝京科学大学・分子科学研究所の高谷光教授との共同研究により、鎖長や内部構造が一義に規定された金属錯体分子鎖(ナノチェーン)を系統的に合成・単離することに成功しました。その構造的特色を活かし、ナノチェーンからの発光現象を理論的に再現するという独自の戦略を取ることで、これまで定量が困難であった最近接サイト間での励起子の移動速度を見積もることに初めて成功しました。本研究は超短波レーザーを用いずに超高速光現象を理解するための新たな解析手法として期待されます。
本研究成果は、2025年2月4日付け(現地時間)で科学誌Nature Communications誌 にオンライン掲載されました。
近年、デバイスの小型化と省エネルギー化が求められる中、シリコンなどの無機材料では実現が難しい分子スケールでの極小デバイスの開発が科学者の究極の目標の一つとされています。特に、ナノメートルスケールのデバイスを駆動するためのエネルギーや情報伝達信号として光が注目されており、光を輸送することができる分子光導波路の開発が望まれています。
過去50年にわたり、ポリマー鎖内を励起子が移動(ホッピング)する挙動の解析にランダムウォーク(注2)モデルが適用されてきました。ここで超高速レーザーを用いる時間分解分光法(注3)が励起子ダイナミクス(通常、ピコ秒(10-12秒)スケール)の解明に重要な役割を果たしていますが、観測可能な現象の時間スケールはレーザーや検出器の性能に制限されてしまいます。また、従来のポリマーおいては励起子の停留サイトとなる色素分子間の相対的な配列・配向・距離が定まらず、この構造の不確実性が励起子移動現象の定量的モデル化と解析を妨げていました。
今回の取り組み
本研究グループでは、発光性ジピリン亜鉛錯体(注4)に着目し、色素であるジピリン部位の配向・配列・距離を精密に規定した一次元分子鎖群「ナノチェーン」を合成することに成功しました(図1)。ナノチェーンは配位結合(注5)が主鎖を担う直鎖状金属錯体です。本研究では錯体部位の構造を緻密に設計することで、1核から16核までのナノチェーンの単離を可能としました。
光照射によって生成する励起子は各ジピリン色素サイトに局在し、サイト間の配向と距離に依存したFRET機構(注6)で大部分の励起子移動を説明することができます。一次元分子鎖の構造が規定されているため、連続時間マルコフ連鎖(注7)に基づく精密なモデルを構築し、鎖内の励起子ダイナミクスを数学的に記述することが可能となりました(図2)。ただし、金属イオンを挟んだ最近接サイト間の励起子移動の定量化は困難であるため、その速度定数を未知パラメータとして取り扱いました。
一次元分子鎖の蛍光減衰曲線と蛍光量子収率は市販の分光装置で実験値を取得することができるとともに、上記の連続時間マルコフ連鎖モデルから理論値を算出することができます。そこで、理論値が実験値を再現(図2)するように上記未知パラメータを最適化することで、最近接サイト間の励起子移動の時定数を40± 20ピコ秒(分子鎖内部の値、トルエン中)と決定できました。
今後の展開
本研究は、一次元分子鎖の構造的特徴と一般的にアクセス可能な光物性測定の結果から、励起子ダイナミクスの定量的モデル化と解析を行った初の例です。レーザーや検出器の性能に大きく制限を受ける従来の方法論を用いずに、未知の高速励起子移動の時定数を算出したことは特筆すべき成果といえます。本研究で用いた手法とモデルは、分子性ナノ材料における光化学・光物理現象を理解するための標準的方法論に資することが期待されます。
図1. ナノチェーンC1Nの合成。図左上の原料分子から、亜鉛イオンが1~16個連なったナノチェーンが合成・単離された。図下は、亜鉛イオンが16個連なった、単離された中で最長のナノチェーンの構造を示す。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
図2. (上)ナノチェーン内の励起子移動モデル、および(下)これを用いた蛍光減衰曲線および蛍光量子収率の理論的再現。Nは亜鉛イオンの核数を表す。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
本成果は、JST 創発的研究支援事業(JPMJFR203F)、JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR22Q5、JPMJPR23Q2)、科学研究費補助金(JP24K01494、JP23H03937、JP23H04612、JP22K19040、 JP21H00395、JP20H02547、JP18KK0395、JP24H01690、JP23H04573、JP22K20552、JP23H03976)、旭硝子財団、日本板硝子材料工学助成会からの助成を受けて実施されました。本論文は『東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業』によりオープンアクセスとなっています。
タイトル:Discrete coordination nanochains based on photoluminescent dyes reveal intrachain exciton migration dynamics
著者:Ryojun Toyoda*, Naoya Fukui*, Haru Taniguchi, Hiroki Uratani, Joe Komeda, Yuta Chiba, Hikaru Takaya, Hiroshi Nishihara, Ryota Sakamoto*
*責任著者:東北大学大学院理学研究科 助教 豊田良順、東京理科大学研究推進機構総合研究院 助教 福居直哉、東北大学大学院理学研究科 教授 坂本良太
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-025-56381-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-56381-0
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