分子科学研究所

サイト内検索

お知らせ

お知らせ詳細

2025/04/28

プレスリリース

次世代機能性材料「超分子ゲル」の形成メカニズムを分子レベルで解明
~薬物送達システムをはじめとする医療材料、環境技術の開発を大幅に加速~
(高谷光グループら)

研究の概要

 明治薬科大学の木村真也 講師、山中正道 教授、名古屋大学の内橋貴之 教授(生命創成探究センターとの兼務)、静岡大学の河合信之輔 准教授、千葉大学の矢貝史樹 教授を中心とする研究チームは、帝京科学大学、コンフレックス株式会社、分子科学研究所との共同研究により、医療や環境分野での活用が期待される次世代機能性材料である『超分子ゲル注1) 』がどのように作られるのか、その過程をナノメートル(10億分の1メートル)のスケールで「動画」として捉えることに世界で初めて成功し、超分子ゲルの形成メカニズムを解明しました。

 超分子ゲルは薬を適切な患部へ届ける「薬物送達システム」や人工組織材料、汚染物質を取り除く環境材料など、様々な分野で活躍が期待されています。研究チームは、「高速原子間力顕微鏡」という特殊な顕微鏡を使って、非常に細い繊維(超分子ファイバー)がどのように成長してゲルになるのかを「動画」として捉えることに成功しました。さらに、ゲルが形成されていく全体の過程についても、ビデオカメラ撮影とコンピュータによる画像解析を行い、ファイバーの形成から成長に至るメカニズムの全体像を明らかにし、超分子ファイバーの成長を説明できる新しい理論を提案しました。今回の成果は、超分子ゲルの性質をより自由に制御できる道を開き、将来的には医療・環境分野をはじめとしたさまざまな分野での応用に大きく貢献することが期待されます。

 本成果は、Nature Communications(電子版)にて2025年4月22日(火)に公開されました。

20250428-takaya-thumbnail.jpeg

研究の背景

 私たちの身近には「ゲル」と呼ばれる柔らかい素材がたくさん使われています。例えば紙おむつ、化粧品、ソフトコンタクトレンズなどで、私たちの生活に欠かせない材料となっています。一般に、ゲルは高分子と呼ばれる巨大な分子から作られます。一方で、「超分子ゲル」はもっと小さな「低分子」と呼ばれる分子が、「非共有結合」という力でつながって作られるゲルです。非共有結合とは、水素結合や分子間力などの比較的ゆるやかな力によるつながりのことで、簡単に形成されたり切断されたりするという特徴があります。たとえば、遺伝情報を保持するDNAは、2本の鎖が水素結合によってつながって「二重らせん構造」を作っています。この構造は、ジッパーのように必要なときには開いて、遺伝情報を読み取れるようになっています。このように、生体内では、非共有結合が簡単につながったり離れたりできる性質を巧みに利用して、多くの分子が集まったり離れたりしながら、さまざまな生命活動が行われています。超分子ゲルは、低分子が非共有結合によって集合してできているため、熱や化学物質、酵素などのさまざまな刺激に反応しやすいという性質があります。この性質を活かして、たとえば薬を適切な患部へ届ける薬物送達システムや、傷んだ組織の代わりとなる人工組織材料、さらには有害物質を吸着する環境材料など、次世代の機能性材料としての期待が寄せられています。

 これまでの研究では、超分子ゲルは以下のような段階で作られると考えられてきました(図1)。
1) 低分子ゲル化剤が非共有結合でつながり、細い繊維(フィブリル)ができる
2) そのフィブリルが束になって、より太い繊維(ファイバー)になる
3) そのファイバーが網のような構造を作り、液体を内部に取り込むことでゲルになる

20250428-takaya-fig1.png

 しかし、フィブリルやファイバーのサイズは、数ナノ〜マイクロメートル(メゾスケール領域注2))であり、このように細かい構造がどうやってできていくのかをリアルタイムで観察することはとても難しく、これらがどのように形成され、どのように成長していくのか、詳しいメカニズムはわかっていませんでした。超分子ゲルの性質はファイバーの性質に強く依存するため、もしメカニズムを明らかにすることができれば、超分子ゲルの物性や機能を制御することが可能になり、機能性材料の開発を強力に推進できるようになります。

研究成果

 今回、研究チームは、高速原子間力顕微鏡注3) という特殊な顕微鏡を使い、超分子ゲルを構成するファイバーが成長していく過程を「動画」として観察することに成功しました。観察の結果、これまで考えられていたような細い繊維(フィブリル)は見られず、最初から太い超分子ファイバーが成長していく様子が見えました。さらに、ファイバーの成長は一気に進むのではなく、「伸びる→止まる→また伸びる」という動きを繰り返していることがわかりました(図2、4)。

20250428-takaya-fig2.png

 この不思議な動きについて、研究チームは「ブロック-スタッキングモデル」という新しい理論を提案しました(図3)。この理論では、分子が積み木のように整列して繊維の先端に積み上がっていくことで、図の上向きにファイバーが伸長していくと考えます。そして、ファイバーの先端がデコボコしているときには、新たに結合してくる分子が、横に隣接している分子と非共有結合を作って安定化でき、くっつきやすいので、成長が進みます。一方で、ファイバーの先端がそろって平らになると、新しい分子が結合しにくくなるため、一時的に成長が止まると考えられます。研究チームは、この仕組みにもとづいたコンピュータシミュレーションを行い、観察で見られた「伸びる→止まる→また伸びる」という動きを再現できることを確認しました。

20250428-takaya-fig3.png

 さらに、研究チームはこのファイバーの形成が最初どのようにして始まるのかについても迫りました。ゲル化が起こる様子を詳細に画像解析することで、最初に少数個の分子からなる"核"ができるステップと、その核に他の分子が結合することでファイバーが成長するステップに分かれていることを明らかにしました。そしてゲル化時間を統計解析することで、その核が何個の分子から形成されているかまで推定することができました。これら一連の結果をまとめたのが図4で、今回の研究により超分子ゲルを構成するファイバーが形成し、成長していく過程の全容を解明しました。

20250428-takaya-fig4.png

今後の展望

 本研究は、これまで観察が難しく、詳しくわかっていなかった超分子ゲルの形成メカニズムという重要な研究課題にメスを入れたものです。今回の成果によって、超分子ゲルの研究が飛躍的に進展し、将来的には超分子ゲルの性質を自在に制御できるようになると考えられます。薬物送達システム、人工組織の代替材料、環境技術など、次世代の機能性材料の開発が大きく推進されることが期待できます。

用語解説

  1. 超分子ゲル:ゲルは、分子によって作られた網目構造の中に、液体が取り込まれることで形成されます。従来からよく知られたゲルは、多くが非常に大きな分子(高分子)から構成されており、例えば、寒天などの食品、紙おむつの吸水材などが挙げられます。一方、「超分子ゲル」は小さな分子(低分子)が、水素結合のような弱いつながり(非共有結合)で集まり、あたかも高分子のように振る舞うことで形成されるゲルです。このゆるやかな結びつきのおかげで、外からの刺激(温度変化、光、酵素など)に敏感に反応できる特徴が生じます。この特性を活かして、たとえば薬を必要な場所に届ける材料や、傷んだ組織を修復する材料、さらには汚染物質を吸着する環境素材などへの応用が期待されています。
  2. メゾスケール領域:ナノメートル(1ミリの100万分の1)からマイクロメートル(1ミリの1000分の1)の間をつなぐ中間領域をメゾスケール領域と呼びます。このスケールでは、分子の集合体がユニークな構造や性質を示すことがあり、材料科学や生物学で注目されています。しかし、このサイズ領域をリアルタイムで観察・解析する技術はまだ限られており、近年の重要な研究対象となっています。
  3. 高速原子間力顕微鏡(High-Speed Atomic Force Microscope: HS-AFM):細い針(プローブ)で試料の表面をなぞり、そのときに働く力を感知して、表面の様子を画像にする顕微鏡です。通常の顕微鏡では見えないナノサイズの構造をリアルタイム(動画)で観察することができます。HS-AFMでは、1秒以下の時間単位で変化するような、分子の動きや構造の変化を動画としてとらえることができ、今回のようなファイバーの成長過程の観察に適しています。

研究プロジェクトについて

本研究は、以下の支援によって行われました。
・ 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(23K14327, 24H01729, 21J20988, 17H06373, 21K05105, 23H04873, 18H04512, 20H04669, 17H06374, 21K06485)
・科学技術振興機構(JST)CREST(JPMJCR21L2)

論文情報

論文タイトル: Molecular-level insights into the supramolecular gelation mechanism of urea derivative

著者: 木村真也1*、安達紅彩1、石井義記2、小宮山友希1,3、齋藤卓穂4、中山尚史5、横屋正志1、高谷光6,7、矢貝史樹8,9*、河合信之輔3*、内橋貴之2,10*、山中正道1

1 明治薬科大学、2名古屋大学、3静岡大学、4千葉大学大学院融合理工学府先進理化学専攻、5コンフレックス株式会社、6帝京科学大学、7自然科学研究機構 分子科学研究所、8千葉大学大学院工学研究院、9千葉大学国際高等研究基幹、10自然科学研究機構 生命創成探究センター(*責任著者)

† 残念ながら、本論文の準備中に、本研究を主導された山中正道教授が50歳という若さでご逝去されました。本論文を追悼の意を込めて捧げます。本論文は山中教授の学術的遺産が永遠に続くことを示す証です。

掲載誌: Nature Communications

DOI: 10.1038/s41467-025-59032-6

<本研究に関するお問い合わせ>

学校法人 明治薬科大学 講師 木村真也
TEL: 042-495-8792 メール: s-kimura_at_my-pharm.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

<広報に関するお問い合わせ>

学校法人 明治薬科大学 総務部広報課
TEL: 042-495-8615 メール: koho_at_my-pharm.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 総務部広報課
TEL: 052-558-9735  メール: nu_research_at_t.mail.nagoya-u.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

国立大学法人 静岡大学 総務部 広報・基金課
TEL: 054-238-5179   メール: koho_all_at_adb.shizuoka.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

国立大学法人 千葉大学 広報室
TEL: 043-290-2018   メール: koho-press_at_chiba-u.jp(_at_は@に変換してください。)

帝京科学大学 総務課 研究支援・地域連携第1係(河原)
TEL: 03-6910-3520   メール: kawahara_at_ntu.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

コンフレックス株式会社 研究開発部
TEL: 03-6380-8290 メール: info_at_conflex.co.jp(_at_は@に変換してください。)

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生命創成探究センター(ExCELLS) 研究力強化戦略室
TEL: 0564-59-5203  メール: press_at_excells.orion.ac.jp (_at_は@に変換してください。)

大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL: 0564-55-7209 メール: press_at_ims.ac.jp (_at_は@に変換してください。)