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2025/10/08

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2025年ノーベル物理学賞に寄せて(大森賢治教授 コメント)

この度の2025年ノーベル物理学賞は、「電気回路における巨視的な量子力学的トンネリングおよびエネルギー量子化の発見」という画期的な業績に対し、John Clarke博士、Michel H. Devoret博士、そしてJohn M. Martinis博士の三氏に授与されました。

従来、量子効果は原子のようなミクロな世界に固有の現象と捉えられてきました。三氏のご研究は、その常識を覆し、超伝導電気回路という巨視的なシステムにおいて量子現象を実証したものです。この画期的成果は、量子コンピューティング、量子センシング、量子暗号通信といった現代の量子科学技術の理論的・実験的基盤を確立し、当該分野の飛躍的発展を可能にする礎を築かれました。

受賞者の一人であるJohn M. Martinis博士は、かねてより親しくご交流いただくとともに、研究のみならず大規模な研究開発プロジェクトのリーダーとしての在り方についても示唆に富むご教示を賜った、私が深く尊敬する先輩のお一人です。2024年には私たちの研究室へもご訪問くださり、第986回分子研コロキウムにご登壇いただいたことは、記憶に新しいところです。この栄えある機会に、私が知るMartinis博士がいかに傑出した研究者であるかをご紹介させていただきます。

博士の第一の功績は、超伝導回路を用いて量子物理学の根源的な問いに挑み、数々の傑出した成果を挙げられた点にあります。さらに博士は、その基礎研究の成果を量子コンピュータ技術開発へと自ら昇華させ、応用研究の領域においても世界を先導してこられました。その歩みは留まることなく、Google社の量子AI部門で大規模かつ先駆的な量子コンピュータ研究開発を主導された後、ご自身で量子コンピュータスタートアップQolab社を設立されるなど、現在もなお、アカデミアと産業界の双方を牽引する指導的役割を担っておられます。

私が特に感銘を受けるのは、博士がこれら全ての道のりを一貫してご自身の力で切り拓いてこられたという事実です。基礎物理学の精密な検証から、テクノロジーへの応用、さらには社会実装を見据えたビジネス展開に至るまで、博士はこれら多元的な局面を一つの壮大なシステムとして俯瞰し、力強く推進する卓越した構想力、展開力、突破力をお持ちです。その重層的でスケールの大ききな視点を、私は深く尊敬しています。

博士が蒔かれた研究開発の種は、今や世界中の研究機関で開花し、量子技術の発展を力強く牽引する潮流となっています。そしてそれは、未来に向けてさらに大きな発展を遂げることが期待されます。私も博士と直接お話しさせていただく機会に恵まれ、基礎から応用、そして事業化に至るそれぞれの階層において、示唆に富むご指導を賜りました。その教えは、現在の私自身の研究開発や事業展開における確固たる指針となっております。

Martinis博士のノーベル物理学賞ご受賞を、心よりお祝い申し上げます。

2025年10月8日
分子科学研究所 教授 大森 賢治

2024年11月 大森研究室にて