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2025/10/14

プレスリリース

銀ナノクラスターにおける「1原子の違い」で室温発光効率が77倍向上
高効率発光材料の開発に道
(江原正博グループら)

【発表のポイント】

  • ・高核数銀ナノクラスター(Ag NC)の合成に成功し、その精緻な構造を解明しました。
  • ・骨格はほぼ同一であるにもかかわらず、外殻の銀原子が1つ多いだけで、室温における発光量子収率(PL QY)(注1)が77倍向上することを発見しました。
  • ・この効率向上は、1原子の違いにより生じた対称性低下が放射失活(注2)を促進するとともに、それと並行して生じたリガンド環境の変化が非放射失活(注3)を抑制した結果であることが明らかになりました。

【概要】

 銀ナノクラスター(Ag NC)は原子レベルで構造が決定されたナノ物質であり、量子化された電子状態に起因する独自の光学特性を示します。特に発光特性(フォトルミネッセンス、PL)は、センサーや光デバイス応用への展開が期待されますが、室温での発光効率が低いことが大きな課題となっていました。

 東北大学 多元物質科学研究所の根岸雄一 教授、Biswas Sourav 助教、自然科学研究機構 計算科学研究センター/総合研究大学院大学の江原正博 教授、東京理科大学 理学部第一部の湯浅順平教授らの研究グループは、アニオン鋳型合成法(注4)を用いて、原子数78と79の2種類の高核数Ag NC(Ag78およびAg79)の合成に成功しました。両者はほぼ同一の骨格を持つにもかかわらず、外殻に銀原子が1つ多いAg79は、Ag78に比べて室温での発光量子収率が77倍に達することを明らかにしました。

 この発光効率の劇的な向上は、対称性の低下による放射遷移の強化と、リガンド環境の変化による構造揺らぎの抑制という2つの効果が同時に作用した結果であることが、実験と理論計算の両面から示されました。

 本成果は、「わずか1原子の違いが発光特性を大きく変える」という新たな知見を提示し、高効率発光材料や光デバイス設計に向けた重要な指針を提供するものです。

 本研究成果は、2025年9月30日公開の学術誌 Journal of the American Chemical Society に掲載されました。

研究の背景

 金属ナノクラスター(NC)は、数十個程度の金属原子から構成され、原子レベルで構造が規定された物質です。通常のナノ粒子とは異なり、分子のような離散的な電子準位を持つため、特異な光学特性を示します。なかでも銀(Ag)NCは、金(Au)NC以上に強い発光を示す可能性があることから注目されてきました。しかし、室温における発光効率(発光量子収率)は極めて低く、実用化を阻む大きな課題となっていました。発光効率を高めるには、①光として放出される放射失活を促進すること、②熱や振動として失われる非放射失活を抑えること、の両方が必要です。これまでの研究は②に注力されてきましたが、とりわけ高核数NCにおいて①を強化する方法はほとんど知られていませんでした。

今回の取り組み

 本研究では、まずアニオン鋳型合成法を用いて高核数Ag NCの合成を行いました。SO₄²⁻を鋳型としたAg18コアの周囲にAg原子とチオラート配位子を配置することで、原子数の異なる2種類のNC、Ag78とAg79 を得ることに成功しました。Ag78はCpS⁻およびCF₃COO⁻配位子で安定化され、外殻に60個のAg原子を持つ三方晶構造を示しました。一方、Ag79はiPrS⁻に加えて反応中に生成したiPrSO₃⁻配位子を含み、外殻に61個のAg原子を持つ単斜晶構造を形成しており、Ag78で保持されていたC₃対称性が崩れていました(図1)。

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図1. (a)Ag78と(b)Ag79の構造比較。Ag78では外殻に60個のAg原子があり、C3対称性を形成。Ag79では外殻に61個のAg原子があり、C3対称性が崩壊。

 次に光物性を比較した結果、Ag78の発光量子収率は0.001と極めて低く、室温ではほとんど発光しませんでした。これに対しAg79は710 nm付近に強い赤色発光を示し、発光量子収率は0.0773と77倍に向上しました(図2a)。さらに励起状態寿命測定により、Ag78がナノ秒オーダーの短寿命発光しか示さなかったのに対し、Ag79ではマイクロ秒オーダーの長寿命発光が観測され、三重項励起状態由来のリン光的性質が顕著であることが明らかとなりました(図2bc)。

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図2. (a)Ag78とAg79の発光スペクトルの比較。挿入図は室温でのフォトルミネッセンスの様子の写真。(b)Ag78のフォトルミネッセンス減衰カーブ。
(c)Ag79のフォトルミネッセンス減衰カーブ。

 この劇的な違いを解明するため、密度汎関数理論(DFTおよびTD-DFT計算)による理論解析を行いました。その結果、Ag79では外殻Ag原子の追加によって電子密度分布が変化し、局在化が進むことで放射遷移が許容されやすくなることが示されました(図3)。また、リガンド環境の違いによりAg-SおよびAg-Ag結合が強化され、構造全体が剛直化していることも明らかとなり、これが非放射失活経路の大幅な抑制につながることが確認されました(図3)。さらにAg79では、一重項から三重項状態への項間交差(注5)が促進され、実験で観測された長寿命発光を理論的にも裏付ける結果が得られました。

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図3. (a) Ag78およびAg79におけるS0とS1の差電子密度:増加分(青)と減少分(シアン)。(b)Ag79では室温発光効率が77倍向上する要因のまとめ。

意義と今後の展開

 本成果は、高核数金属NCにおいても「わずか1原子の違いが物性を劇的に変える」ことを直接示したものであり、金属NC研究における新たなマイルストーンです。従来は大規模なコア再構築や異種金属ドーピングによってしか実現できなかった発光効率の改善を、原子レベルの精密な外殻制御によって達成できることを明らかにしました。これは発光材料の合理設計に新しい道を拓くとともに、量子材料科学における「最小限の構造変化が最大の機能変化を生む」という概念を象徴的に示しています。

 今後は、今回得られた知見を基に、銀ナノクラスターのみならず他の金属クラスターにおいても効率的な発光設計が可能になると期待されます。発光デバイス、センシング、バイオイメージングなど多様な応用に展開でき、次世代の光機能性材料やデバイス開発に大きく貢献すると考えられます。

【謝辞】

 本研究は、日本学術振興会科研費(JP23H00289、JP22K19012、JP22H04562、JP22H05133、JP22H05131)、矢崎科学技術振興記念財団、小笠原科学技術振興財団からの助成を受けて実施しました。計算の一部は、岡崎計算科学研究センター(23-IMS-C197、24-IMS-C194)で実施されました。

【用語説明】

  1. 発光量子収率(PL QY):吸収した光に対して、発光として放出される光の割合。値が高いほど効率的に光る。
  2. 放射失活:光励起状態から光子を放出して基底状態に戻る過程。
  3. 非放射失活:励起エネルギーが熱や振動として失われ、光として放出されない過程。
  4. アニオン鋳型合成法:特定の陰イオンを鋳型として利用し、その周囲に金属原子を組織的に配置させてクラスターを形成する手法。
  5. 項間交差:励起一重項状態から励起三重項状態に遷移する過程。リン光発光の鍵となる。

【論文情報】

タイトル:Triggering Photoluminescence in High-Nuclear Silver Nanoclusters via Extra Silver Atom Incorporation
著者:秋山葵, 1 Sakiat Hossain,2 Sourav Biswas,*3 Takafumi Shiraogawa,4 Pei Zhao,4 中本真奈,1 緒方大二,1 川脇徳久,3 新堀佳紀,2 湯浅順平,1 江原正博,*4 根岸雄一*1-3(1. 東京理科大学理学部第一部、2. 東京理科大学研究推進機構総合研究院、3. 東北大学多元物質科学研究所、4. 自然科学研究機構計算科学研究センター)
*責任著者:東北大学 多元物質科学研究所 教授 根岸雄一
     東北大学 多元物質科学研究所 助教 Sourav Biswas
     自然科学研究機構計算科学研究センター/総合研究大学院大学 教授 江原正博
掲載誌:Journal of the American Chemical Society
DOI:10.1021/jacs.5c10289
URL:https://doi.org/10.1021/jacs.5c10289

【問い合わせ先】

(研究に関すること)

東北大学多元物質科学研究所
教授 根岸雄一
TEL: 022-217-5604
Email: yuichi.negishi.a8_at_tohoku.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

自然科学研究機構計算科学研究センター/総合研究大学院大学
教授 江原正博
TEL: 0564-55-7461
Email: ehara_at_ims.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

(報道に関すること)

東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
TEL: 022-217-5198
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