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2026/03/18

研究成果

探針増強非線形分光に関する研究成果がThe Journal of Chemical PhysicsのFeatured Articleに選出

 分子科学研究所(櫻井敦教助教、高橋翔太特任助教、望月達人大学院生、杉本敏樹准教授)と東北大学(平野智倫助教、森田明弘教授)の研究チームが2026年2月19日に発表した論文「Tip-enhanced sum frequency generation spectroscopy using temporally asymmetric pulse for detecting weak vibrational signals」が、米国物理学協会(AIP)発行の『The Journal of Chemical Physics』誌において、特に注目すべき研究として「Featured Article」に選出されました。

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 本論文は以下のURLからご覧いただけます。
https://pubs.aip.org/aip/jcp/article/164/7/074202/3380428/Tip-enhanced-sum-frequency-generation-spectroscopy

本研究について

概要

 物質の表面で分子がどのような構造を取り、どの向きに並んでいるかを明らかにすることは、材料の機能や化学反応の仕組みを理解するうえで重要です。しかし、こうした分子の情報をナノスケールで直接観測することは容易ではありません。本研究では、金属探針(プローブ)と和周波発生分光法を組み合わせた「探針増強和周波発生分光法」を開発し、表面分子の構造や配向をナノスケールで解析する技術を発展させました。この手法では、特に基板が金属である場合に、強いバックグラウンド信号が問題となり、分子由来の微弱な振動信号を検出することが困難でした。そこで研究チームは、時間的に非対称な波形となるよう整形したレーザーパルスと、2つのパルス間の時間遅延制御を組み合わせることで、バックグラウンド信号を効果的に抑制し、これまで埋もれていた分子振動信号を抽出することに成功しました。その結果、これまで検出できなかった微弱な分子信号を観測できるようになりました。また、探針増強を用いない従来の方法と比較して、信号が約1,000万倍増強されていることも示しました。さらに本手法により、表面上で分子がどの向きに配向しているかという「分子の絶対配向」も決定することができました。これは、触媒反応や分子デバイスの設計において重要な知見をもたらす成果です。


 物質表面に存在する分子の構造や向き(配向)は、触媒反応や材料の機能を決定づける重要な要素です。振動和周波発生(SFG)分光法は、分子の振動を手がかりに表面分子の情報を得る強力な手法ですが、光の回折限界により空間分解能はマイクロメートル程度に制限されてしまいます。表面分子の詳細な情報をナノスケールで取得するため、研究チームは超短パルスレーザーを使用した和周波発生分光法と、STMの極めて鋭い金属探針の先端に生じる近接場を組み合わせる「探針増強和周波発生分光法(tip-enhanced sum-frequency generation spectroscopy)」を開発し、ナノスケールで分子振動を検出する技術を確立しました。

 しかし、金属基板上で測定を行うと、金属の自由電子応答に由来する強いバックグラウンド信号が発生し、分子由来の微弱な振動信号が歪められたり、埋もれたりするという課題がありました。そこで本研究では、近赤外レーザーパルスを時間的に非対称な形状(急峻な立ち上がりと緩やかな減衰をもつ非対称パルス)に整形し、さらに赤外パルスとの間に時間遅延を導入しました。金属由来のバックグラウンド信号はほぼ瞬時に減衰する一方、分子振動はより長く持続します。この時間スケールの違いを利用することで、バックグラウンド成分を効果的に抑制し、微弱な分子振動の信号を検出することが可能になりました。

 その結果、これまで観測が困難であった、芳香環に由来する微弱な振動モードの検出を実現しました。さらに、前方散乱光と後方散乱光を同時に検出することで、得られた信号が遠方場ではなく、探針-基板間のナノギャップ内での探針増強効果に由来することを明確に示しました。実験データに基づく解析から、探針増強を用いない場合と比較して、信号は約1,000万倍に増強されていると見積もられました。加えて、振動信号とバックグラウンドとの干渉パターンを解析することで、分子が表面に対して「上向き/下向き」のどちらに向いているかといった、分子の「絶対配向」をナノスケールで決定できることも示しました。

 本成果は、探針増強和周波発生分光法を改良することで、これまでバックグラウンドに埋もれていた微弱な分子信号を高い信頼性で抽出可能にするとともに、ナノスケールで分子の絶対配向を特定できる技術を確立したものです。これは、触媒反応メカニズムの分子レベルでの理解や、分子デバイスの設計に重要な知見をもたらす成果です。今後は、パルス間遅延を掃引することで本手法を時間分解計測へと拡張し、超高速分子ダイナミクスや極短時間スケールの化学反応過程を高感度で追跡できる技術へと発展させていく予定です。

論文情報

著者:Atsunori Sakurai, Shota Takahashi, Tatsuto Mochizuki, Tomonori Hirano, Akihiro Morita, and Toshiki Sugimoto
掲載誌:The Journal of Chemical Physics
論文タイトル:"Tip-enhanced sum frequency generation spectroscopy using temporally asymmetric pulse for detecting weak vibrational signals"
DOI:10.1063/5.0310824

研究サポート

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