お知らせ
2026/07/23
プレスリリース
・ 次世代電池用の固体電解質(1)として注目される有機イオン性プラスチック結晶(2)中で、リチウムイオンが移動する分子レベルのしくみを理論的に明らかにしました。
・ 25年以上にわたりイオン伝導の主要な機構として用いられてきた「パドルホイール機構(3)」を、分子動力学シミュレーション(4)とホップ関数解析(5)により検証しました。
・ その結果、「パドルホイール機構」は結晶を構成する大きなイオンの移動とは関係していましたが、リチウムイオンの移動とはほとんど相関がなく、周囲の陰イオンがつくる「イオンケージ(6)」の協同的な再配列によって支配されていることを示しました。
・ 本成果は、安全で高性能な次世代電池用固体電解質を分子レベルから設計するための新たな指針を与えるものです。
西江大学校化学科のBong June Sung教授と自然科学研究機構 分子科学研究所/総合研究大学院大学の斉藤真司教授の国際共同研究グループは、次世代電池用固体電解質として注目される有機イオン性プラスチック結晶(Organic Ionic Plastic Crystal: OIPC)中で、リチウムイオンがどのように移動するのかを分子レベルで明らかにしました。
OIPCでは、固体でありながら結晶内の分子やイオンがその場で活発に回転するため、この回転運動がリチウムイオンを押し出す「パドルホイール機構」が、長年にわたりイオン伝導の主要なしくみとして考えられてきました。本研究では、スーパーコンピュータを用いた分子動力学シミュレーションと、個々のイオンジャンプを精密に抽出するホップ関数解析により、この仮説を理論的に再検証しました。その結果、リチウムイオンの移動は周囲の回転運動によって直接駆動されるのではなく、周囲の陰イオンがつくるイオンケージの協同的な再配列によって起こることを明らかにしました。とくに、リチウムイオンを取り囲む陰イオンの数が一時的に減少し、ケージが「開いた」状態になると、リチウムイオンの移動が大きく増加することを理論的に明らかにしました。
本研究成果は、2026年6月1日に米国化学会の国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。
スマートフォンや電気自動車などに広く用いられているリチウムイオン電池の多くは、液体電解質を用いています。しかし、液体電解質には可燃性があり、火災や爆発のリスクが課題となっています。この問題を解決する有力な候補として、安全性の高い固体電解質の開発が進められています。
その中でも、有機イオン性プラスチック結晶(OIPC)は、固体でありながら内部の分子やイオンがその場で活発に回転する「やわらかい固体」として注目されています。このような分子運動は、固体中でのイオン移動を助ける可能性があり、安全性と高いイオン伝導性を両立する材料として期待されています。
リチウムイオン電池では、リチウムイオンが電池内部の電解質中を移動することで充放電が進みます。そのため、OIPCを含む固体電解質の開発においても、電解質中でリチウムイオンがどのように、どれだけ速く移動できるかを理解することは、高性能で安全な次世代電池材料を設計するうえで重要です。
OIPC中のイオン伝導は、これまで主に「パドルホイール機構」によって説明されてきました。この機構では、周囲の大きな分子やイオンの回転運動が水車の羽根のように働き、リチウムイオンを次の位置へ押し出すと考えられています。しかし、実際にリチウムイオン1つ1つが、いつ、どこで、どのように移動するのかは十分には明らかになっていませんでした。
本研究では、OIPC中のイオン運動を分子レベルで調べるため、分子動力学(MD)シミュレーションとホップ関数解析を組み合わせました。ホップ関数解析は、複雑に動く多数の分子やイオンの中から、特定のイオンが一つの安定な位置から別の位置へ移る「ジャンプ事象」を抽出・解明する手法です。この手法により、従来は拡散係数や相関関数といった集団の平均的なイベントとして扱われていたイオン運動を、個々の移動イベントのレベルで解析することが可能になりました。
解析の結果、物質の骨格を構成する大きなイオンの移動は、周囲の分子やイオンの回転運動と相関していることが分かりました。この結果は、従来考えられてきたパドルホイール機構と整合的です。一方で、電池性能に直接関わるリチウムイオンのジャンプは、周囲の回転運動とはほとんど相関していませんでした。このことは、リチウムイオン伝導の主要な機構が、単純なパドルホイール機構では説明できないことを示しています。
では、リチウムイオンは何によって移動しているのでしょうか。本研究により、リチウムイオンの移動を支配しているのは、周囲の陰イオンがつくる「イオンケージ」の協同的な再配列であることが明らかになりました。リチウムイオンは通常、複数の陰イオンに囲まれたケージの中に閉じ込められています。しかし、リチウムイオンに4番目と5番目に近かった陰イオンが入れ替わるように協同的に動くことで、古いケージが開き、同時にリチウムイオンを迎え入れる新しいケージが形成されることを突き止めました。このケージの開閉が起こる瞬間に、リチウムイオンは元のケージから抜け出し、隣接する新しいケージへ移動します。
さらに、リチウムイオンを取り囲む陰イオンの数が一時的に2個まで減少する「開いた」状態では、リチウムイオンのホップ速度が最大で約1万倍に増加することも分かりました。これは、リチウムイオンの高速移動には、単に周囲の分子が回転することではなく、リチウムイオンを閉じ込める局所構造が協同的に開くことが重要であることを示しています。本研究は、OIPC中のリチウムイオン伝導に対して、従来のパドルホイール機構を超える新しい分子レベルの描像を与えるものです。
本研究により、OIPC中のリチウムイオン伝導では、周囲の分子やイオンの回転運動そのものよりも、陰イオンがつくるイオンケージの協同的な開閉が重要であることが明らかになりました。この知見は、リチウムイオンが移動しやすい局所構造や、その構造が開閉しやすい材料を設計するための新たな指針となります。また、本研究で用いたホップ関数解析は、OIPCに限らず、複雑な固体電解質やイオン性材料に広く適用できる汎用的な解析手法です。今後、この手法をさまざまな固体電解質に適用することで、イオン伝導を支配する分子レベルの要因を明らかにできると期待されます。これにより、より安全で高性能な次世代電池の開発に向けて、経験的な材料探索だけでなく、分子レベルの原理に基づく材料設計が可能になると考えられます。
(1) 固体電解質:可燃性の液体電解質に代わり、安全でエネルギー密度の高い次世代電池(全固体電池など)の実現に不可欠な固体のイオン伝導体。本研究で扱うOIPCはその有力な材料候補の一つとして期待されている。
(2) 有機イオン性プラスチック結晶(OIPC):有機分子イオンから成る結晶で、固体としての安定性を保ちつつ、内部の分子がその場で活発に回転運動を行う「やわらかい結晶」。この特殊な分子運動が、高いイオン伝導性を生み出す鍵となる。
(3) パドルホイール機構:周囲の分子やイオンが回転することで、中心のイオンを水車の羽根のように押し出し、移動を助けるという伝導メカニズム。25年以上にわたり、多くの固体電解質において主要な説とされてきた。
(4) 分子動力学(MD)シミュレーション:コンピュータ上で原子や分子の1つ1つの動きを物理法則に従って再現し、実験では観測が困難なミクロな挙動を追跡する計算手法。
(5) ホップ関数解析:複雑に動く多数の分子やイオンの中から、特定のイオンが一つの安定な位置から別の位置へ移る「ジャンプ事象」を精密に抽出・識別する解析手法。これにより、平均的な統計量では見落とされる個別の移動プロセスの解明が可能になる。
(6) イオンケージ:周囲の複数のイオンが取り囲んでいるカゴのような構造。
掲載誌:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Beyond the Paddle-Wheel Mechanism: Hop Function Analysis of Ion Transport in Organic Ionic Plastic Crystals(パドルホイール機構を超えて:ホップ関数解析による有機イオン性プラスチック結晶中のイオン輸送の解明)
著者:Hyungsik Park, Shinji Saito, and Bong June Sung(パク・ヒョンシク、斉藤真司、ソン・ボンジュン)
掲載日:2026年6月1日(オンライン公開)
DOI:10.1021/jacs.6c04713
西江大学校 化学科 Bong June Sung (Soft Matter Computational Chemistry Laboratory)
自然科学研究機構 分子科学研究所 斉藤グループ
Bong June Sung教授 西江大学校 化学科
斉藤真司教授 自然科学研究所 分子科学研究所/総合研究大学院大学
西江大学校 発展広報チーム
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E-mail:sogpr_at_sogang.ac.kr(_at_は@に変換してください。)
自然科学研究機構・分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
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総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
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