お知らせ
2026/09/10
研究成果
キネシンは、細胞内で重要な物質を運ぶ分子モーターで、微小管と呼ばれる線維状のレールに沿って一歩ずつ進みます。レールから外れずに効率よく移動するためには、モーターの2つの足が正確な方向へ協調してステップする必要があります。2つの足をつなぐ「ネック領域」が、この運動の協調に重要であることは以前から知られていました。しかし、現在のイメージング技術には限界があるため、ネック領域の正確な三次元構造や、微小管レールと物理的にどのように相互作用するかは未解明のままでした。
研究チームはこのイメージング技術の限界を克服するため、微小管レール上にキネシンを配置した原子レベルのモデルを構築しました。このモデルは全体で約300万原子規模の巨大な系であり、その構造と運動をスーパーコンピュータ「富岳」上でシミュレーションして分析しました。さらに、gREST(generalized replica exchange with solute tempering)と呼ばれる拡張サンプリング法を2種類の力場(原子間の相互作用を記述する計算モデル)で用い、柔軟なネック領域が取り得る構造を探索して最も安定なネック領域の構造を求めました。
続いて、後方の足の直下にある微小管の一部を除去した簡略化モデルを用いて、モーターがステップする際の足の動きをシミュレーションしました。
シミュレーションにより、ネック領域の信頼性の高い構造を特定しました。その結果、ネック領域内の2本鎖がらせん状に巻き付いたコイルドコイル構造は、微小管の長軸に対して垂直に向き、レール表面に近接して接触を保つことが示されました(図1)。
さらにキネシンのステップ運動をモデル化すると、ネック領域とレール表面の物理的相互作用が、足の軌道を大きく偏らせることが分かりました。具体的には、後方の足は前方の足の真上をまっすぐ越えるのではなく、前足の右側を回り込むように反時計回りの経路を進みました(図1b)。レール表面との相互作用が弱い別のネック構造では前進が起こらなかったことから、ネック領域とレールの特定の相互作用が前進運動に必要であることが確認されました。

図1:キネシンの後方の足が踏み出す軌道(a: 側面図、b: 上面図)
小球は20回のシミュレーションにおける後方の足の重心位置を1ナノ秒ごとに示す(色は各シミュレーションの区別)。赤い矢印は、前方の足の右側を回り込む反時計回りの経路。赤色のネック領域は微小管表面と接触を保っている。
本成果により、キネシンが原子レベルでどのように足を動かすのかを説明できました。局所的な構造要素が運動の方向性をどのように制御するかを明らかにし、細胞内輸送の理解を深めるための重要な基盤となりました。ただし、本研究で、短縮型キネシンを用いたこと、微小管の一部を人工的に除去したこと、微小管表面の柔軟な構造部分(E-hook)をモデルに含めなかったことは今後の課題です。今後、全長キネシンや微小管の柔軟な構造要素を取り入れたより実環境に近い研究により、この構造的枠組みはさらに精緻化されると期待されます。
著者:Song-Ho Chong and Ryota Iino
掲載誌:Biophysical Journal
論文タイトル: "Neck region-microtubule interactions direct counterclockwise stepping of kinesin-1"
DOI:10.1016/j.bpj.2026.03.043
JSPS科研費 基盤研究(B), JP22H02042, JP24K01996
JSPS科研費 学術変革領域研究(A), JP23H04434
HPCI システム利用研究課題 (課題番号:hp220225, hp230271, hp240260)