分子科学研究所

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2026/10/15

プレスリリース

形の合う平面分子を閉じ込める「分子の鎧」を開発
(瀬川グループ)

【概要】

 自然科学研究機構分子科学研究所・総合研究大学院大学の瀬川泰知准教授と張本尚助教(研究当時)、加納春華大学院生の研究グループは、湾曲した二枚のπ共役分子(1)を三か所で向かい合わせに連結することで、内部に空洞をもつ「かご型分子」を設計・合成しました。

 このかご型分子は、側面に開いた三つの開口部からさまざまなπ共役分子を取り込み、二枚のπ共役パネルの間に挟み込みます。開口部を通り抜けられる分子は可逆的に出入りし、その分子の形が空洞に合うほど強く結合します。一方、開口部を通り抜けられない大きな分子は、かご型分子が組み上がる過程で内部に取り込まれ、加熱・減圧しても外に出ない「カルセプレックス(2)」を形成しました。これまでは永続的に閉じ込めることが難しかった平面状のπ共役分子を、その電子的な性質に左右されず、分子同士の形の相性(形状相補性)によって永続的に閉じ込めた点に、本研究の独自性があります。

研究グループは、二枚のπ共役パネルが内部の分子をまるで『鎧』のように挟み込むことから、この分子を「π-Armor(π共役分子の鎧)」と名付けました。今後、さまざまな機能をもつ分子カプセルの開発や、不安定な分子の保護など、分子材料の設計への応用が期待されます。

 本研究成果は、2026年10月13日付で米国化学会の国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

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1. 研究の背景

 ほかの分子を捕まえる分子(ホスト)と、捕まえられる分子(ゲスト)について研究する分野を、「ホスト−ゲスト化学(3)」と呼びます。分子が特定の相手を見分けて捕まえる仕組みは、センサー・分離・触媒・医療など幅広い分野への応用が期待されており、世界的に研究が進められています。
 ホストがゲストを取り込む方法は、大きく二つに分けられます(図1a)。一つは、ホストとゲストが結びついたり離れたりをくり返す「可逆的な取り込み」です。もう一つは、ホストが組み上がる過程でゲストを内部に取り込み、その後は外に出さない「永続的な閉じ込め」です。永続的な閉じ込めは、1985年にドナルド・クラム博士によって初めて報告されました。クラム博士は、ホスト−ゲスト化学の先駆者として、1987年にノーベル化学賞を受賞しています。このようにゲストを閉じ込めた複合体はカルセプレックスと呼ばれ、通常では不安定な分子を安定に保持するなど、独自の役割を果たしてきました。平面状のπ共役分子を可逆的に捕捉するホストは、さまざまな相互作用を利用して、これまでに数多く開発されてきました。しかし、平面状のπ共役分子を永続的に閉じ込めたカルセプレックスの例はごくわずかです。その数少ない例も、電子が豊富なゲストと電子が不足したホストを引き合わせる設計に依存しており、閉じ込められる分子の種類が限られていました。また、ゲストを取り込んだものと取り込んでいないものが混ざって得られるため、カルセプレックスだけを選択的に得ることもできていませんでした。ゲストの電子的な性質に左右されず、形の相性によって平面状のπ共役分子を永続的に閉じ込めることは、長年の課題でした。

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図1. ホスト−ゲスト化学における二つの取り込み方と本研究の分子設計。(a)可逆的な取り込みと永続的な閉じ込め。(b)波打ったパネル分子(c-HBC)と湾曲したつなぎ手となる分子(DBDA)からなるかご型分子の設計。

2. 研究の成果

 本研究グループは、多数のベンゼン環が連なり、三方向に波打った構造をとるπ共役分子「ヘキサカタヘキサベンゾコロネン(c-HBC)」に着目しました。二枚のc-HBCパネルを、折れ曲がった八員環骨格「ジベンゾジアゾシン(DBDA)」によって三か所で連結することで、内部に空洞をもつかご型分子を設計しました(図1b)。原料分子2を酸性条件で反応させ、三つのDBDAを一挙に形成することで、55%の収率でかご型分子1を合成しました(図2a)。量子化学計算により、このかご型分子では二枚のc-HBCパネルが約6.3 Åの間隔で平行に向かい合い、側面に幅約10 Åの開口部を三つもつことが示唆されました(図2b)。

 得られたかご型分子1は、開口部を通り抜けられる大きさのπ共役分子をゲストとして、二枚のπ共役パネルの間に可逆的に取り込みました(図2c)。会合の強さは、ゲストの形によって大きく異なりました(図2d)。例えば、ベンゼン環に塩素原子を二つもつゲストでは、塩素が一つおきの位置(メタ位)に並んだ分子が最も強く結合し、向かい合う位置(パラ位)に並んだ分子の約90倍の強さを示しました。また、メタ位の置換基(4)をハロゲン原子で比べると、塩素や臭素では同程度に強く会合したのに対し、小さすぎるフッ素や大きすぎるヨウ素では会合が弱くなりました。さらに、ハロゲン原子とは逆に、電子を与える性質をもつメチル基を、メタ位に二つもつゲストも取り込まれました。これらのゲストは開口部を通ってかご型分子に出入りしており、より強く会合するゲストを加えると、中身が入れ替わることも確認されました。理論計算から、これらの結合は主に分散力(5)によって支えられていることがわかりました。結合が最も強くなるのは、メタ位の二つの置換基がちょうど二つの開口部に収まり、かつ置換基の大きさが空洞に最もよく合うときであることも明らかになりました。

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図2. かご型分子の合成と、ゲストの可逆的な取り込み。(a)かご型分子(ホスト)1の合成。(b)量子化学計算により推測したホスト1の構造。(c)ゲストの可逆的な取り込み(図はオルト位に塩素をもつゲストの例)。(d)ゲストの形による会合の強さの違い。

 一方、三つの置換基がすべて一つおきの位置(1,3,5位)に並んだ分子は、開口部を通り抜けられず、完成したかご型分子には取り込まれませんでした。そこで、置換基が三つの開口部にちょうど収まる形であることに着目し、この分子の存在下でかご型分子を合成したところ、分子を内部に閉じ込めたカルセプレックスが最大57%の収率で得られ、空のかご型分子は検出されませんでした(図3a)。このカルセプレックスは、減圧下で200 °Cに加熱しても内部の分子を放出しませんでした。ハロゲン原子をもつ分子だけでなく、電子を与える性質をもつメチル基を三つもつ分子も同様に閉じ込められました。このことから、この閉じ込めはゲストの電子的な性質に左右されず、形の相性によって実現されていることがわかりました。さらに、空洞よりも大きい三本の腕をもつπ共役ゲストも閉じ込め、腕が三つの開口部から外に突き出した構造をつくることに成功しました。突き出した腕の先端には、閉じ込めたまま化学反応で新たな環構造をつなぎ、π共役系をさらに広げることもできました(図3b)。閉じ込めた後からでも、内部の分子を作り変えられることを示す重要な成果です。
 本研究のポイントは、ゲストの電子的な性質に左右されず、形の相性によって平面状のπ共役分子を永続的に閉じ込めたところにあります。可逆的な取り込みと永続的な閉じ込めは、いずれも形の相性に由来する分散力に支えられています。形の相性によってπ共役分子をπ共役分子からなるパネルで挟み込み、「鎧」のように振る舞うこの新しいホスト分子を、本研究グループは「π-Armor(π共役分子の鎧)」と名付けました。

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図3. カルセプレックスの合成と、閉じ込めたゲストの化学変換。(a)多様なカルセプレックスの合成。(b)開口部から突き出す大きさのゲストの閉じ込めと、その化学変換。

3. 今後の展開・この研究の社会的意義

 本手法は、かご型分子が組み上がる過程を利用し、形の相性によってπ共役分子を内部に閉じ込める戦略であり、ゲストの電子的な性質に左右されない点に大きな特徴があります。また、閉じ込めた後からでもゲストを作り変えられるため、内部に収める分子を柔軟に設計できます。本戦略は、π共役分子を包み込む分子カプセルの新たな設計指針となります。閉じ込めたゲストに由来する光学的・電子的機能の付与や、不安定な分子の保護などを通じて、ホスト−ゲスト化学ならびに材料科学の発展に寄与することが期待されます。

4. 用語解説

(1) π共役分子

単結合と二重結合が交互に並んだ構造や芳香環をもつ有機化合物。π電子と呼ばれる電子が結合をまたいで広がる性質をもち、有機EL・有機太陽電池・色素など、光や電気にかかわる材料の基盤として広く利用されている。

(2) カルセプレックス

ホスト分子の内部にゲストが閉じ込められた複合体。ゲストは、ホストの共有結合を切らない限り外に出られない。1985年にクラム博士が初めて報告したホスト分子はカルセランドと名付けられ、そこにゲストを閉じ込めた複合体がカルセプレックスと呼ばれる。名称はラテン語の「carcer(牢獄)」に由来する。

(3) ホスト−ゲスト化学
分子やイオンを捕まえる側の分子(ホスト)と、捕まえられる側の分子やイオン(ゲスト)が、互いに共有結合をつくらずに複合体を形成する現象を扱う化学の分野。両者は主に、水素結合や静電的な相互作用、分散力など、共有結合よりも弱い相互作用によって結びつく。分子が特定の相手を見分けて結合する「分子認識」の基盤であり、分子の集まりがつくる構造や機能を扱う「超分子化学」の中心的な分野の一つである。

(4) 置換基
分子の骨格(ここではベンゼン環)の水素原子の代わりに結合した原子や原子団。本研究では、塩素や臭素などのハロゲン原子やメチル基がこれにあたる。置換基の種類や結合する位置によって、分子の形や性質が変わる。

(5) 分散力
あらゆる分子の間にはたらく弱い引力で、ファンデルワールス力の一種。一つひとつは弱いが、平らな面同士が広い面積で接すると、全体として大きな安定化をもたらす。

5. 論文情報

掲載誌:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:π-Armor: Shape-Complementary Encapsulation of Aromatics(πアーマー:形状相補性に基づく芳香族化合物の包接)
著者:Haruka Kano, Takashi Harimoto*, Yasutomo Segawa* (*は責任著者)
掲載日:2026年10月13日(オンライン公開)
DOI:10.1021/jacs.6c17351

6. 研究グループ

自然科学研究機構分子科学研究所
総合研究大学院大学

7. 研究サポート

JST創発的研究支援事業 JPMJFR211R
JSPS科学研究費助成事業 基盤研究(B) JP25K01758
JSPS科学研究費助成事業 研究活動スタート支援 JP24K23093
JSPS科学研究費助成事業 若手研究 JP25K18023
公益財団法人 村田学術振興・教育財団
公益財団法人 池谷科学技術振興財団
公益財団法人 立松財団
公益財団法人 矢崎科学技術振興記念財団
公益財団法人 戸部眞紀財団
公益財団法人 徳山科学技術振興財団
分子科学研究所 課題研究 JPMXP1225MS5001
質量分析は名古屋工業大学産学官金連携機構設備共用部門における共用設備を利用
量子化学計算は自然科学研究機構 岡崎共通研究施設 計算科学研究センターのリソースを利用 25-IMS-C297

8. お問い合わせ先

自然科学研究機構分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
E-mail:press_at_ims.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
TEL:046-858-1629
E-mail:kouhou1_at_ml.soken.ac.jp(_at_は@に変換してください。)

科学技術振興機構 広報課
TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
E-mail:jstkoho_at_jst.go.jp(_at_は@に変換してください。)

<JST事業に関すること>

科学技術振興機構 創発的研究推進部
酒井 重樹
TEL:03-5214-7276
E-mail:souhatsu-inquiry_at_jst.go.jp(_at_は@に変換してください。)