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研究・研究者

研究者インタビュー|解良 聡 教授

Researcher interview 2020. 07 (Prev≪ 1 | 2 )

好奇心ノススメ―世界に学び、夢を抱いて、ともにフロンティアに立とう―|解良 聡 教授
 

研究生活(はたらきかた)改革

――ところで、ドイツの研究室や研究者は、日本とは結構違う感じなんですか。

日本の方が優れていると思ったことも、負けていると思ったことも、もちろん両方あります。最初にカルチャーショックだったのは、彼らは17時に帰るんですよね。そのころ私は、夜中遅くまで仕事して、でも終わらなかった。この違いは何だろうと思いました。日本では役割分担ができていないという、組織や社会構造上の問題もありますが、ドイツ式の方が、戦略がしっかりしているんでしょうね。どこまでを、いつまでに、という目標設定が明確な気がします。あとは、やはり研究以外のことも大切にしているんですかね。日本人は仕事一途な人が多いですよ。

――いわゆる「働き方」については、研究に限らず、日本中で模索が続いていると思います。しかし実際どうするのが良いのでしょう。基本的には「働き方改革」した方が良いというお考えですか。

日本文化に根付いているところが大きいので、よその国を見習おうと思っても、なかなか変われないのが実感と思います。でも、改革は大事だと思います。効率で言うと、ドイツ式でしっかり回っているので、限られた時間で集中して仕事するということで、いいんだと思いますね。

――日本人は能率が悪いのでしょうか。

「能率が悪い」と一概には言えないと思っています。やった作業は無駄ではないです。何もない所から、つまり0から、1にするのはすごく大変で、所要時間もわかりません。日本式だと、たぶん0.1ぐらいが、いっぱい出来てくるんです。でもそれがいつ宝になるかは誰にもわからない。日本ぐらい国力があるなら、0.1の仕事も、くまなくひろって、長期的視野で支援できるような体制が理想だろうと思います。

――「選択と集中」という言葉をよく聞きますが、安易にこれを行うのは、未来を考えると良くないのでしょうか。

国が破産するわけにはいかないので、経済の波にあわせて、ターゲットを絞ることは必要です。ドイツでも、今は経済的な問題で、ターゲットを絞って研究を進める方針になっています。でも、科学技術って、人類が受ける恩恵に比べれば、そんなにお金かからないですよ。そうは言っても、評価できないと、国としては判断が難しいですよね。文科省には「成果を見せてくれ。財務省を説得できる成果があればいいんだ」と言われますが、それは彼らの立場に立ってみれば当たり前です。一方、国民の皆様には、我々研究者をどれだけ信用して、我慢して、投資していただけるか、そこが大事だと思います。

それから、日本人のメリットについてまだ話していませんでしたね。メリットの一つは、まじめさです。ドイツで活動していたときは、イタリア人と、ドイツ人と、私の計三人でチームを組んでいたのですが、彼らから「ジャパニーズ・マジック!」みたいに言われました。彼らがティー・ブレークから戻ってくると、次にやるべき作業を、私が既に終わらせているんです。ティー・ブレークはもちろん大事ですが、彼らのは私にとって長すぎる。。。私はさっさと引き上げて、先に作業を済ませてしまっていたんですね。あと一つは、協調性かな。実験では、真空装置を使って、有機物を蒸着して膜を作ります。ですが有機物は装置を汚染してしまいます。当時、はじめて使うことになった共有の真空装置の中が、ものすごく汚れていて、びっくりしました。たまたま装置のお掃除の苦手なメンバーだったのかもしれませんが、彼らは、自分の実験が終わったら、もうそれで満足。そのあと誰が使おうと気にしないんですね。だから、めっちゃ磨いてあげました。日本人は綺麗好きですよね。対してドイツ人は、繊細かつ大胆に、というと少し言いすぎですが、こうすれば絶対すごい結果が出ると思ったら、その1回で装置がダメになっても良い、というやり方ができるんです。「その結果、見たかったら、やろうよ!」といって、やっちゃう。あの発想はすごく勉強になりました。

――なかなかできないですよね、必要なら装置の限界なんか構うものか、なんて。それは予算が潤沢だから、ではないんですよね。

それで装置が壊れても、すごい結果が出れば、次の予算がつくでしょうという、ポジティブな発想です。歴史に裏付けされた国民性というか自信ですかね。日本でも、成功されている研究者は、同じだと思います。私も今は、それは研究者としてすごく大事な感覚として、身につけたつもりで仕事をしています。だから若者には、恐れるなと言いたい。

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分子研の研究環境と、果たすべき使命

――日本とドイツ、やはり違うんですね。では、分子研の場合、研究環境や、研究室の雰囲気はいかがでしょうか。

分子研のメリットは、かつてからだいぶ減っているとは言え、研究費の面でしょう。地方大学は予算削減のあおりを受けてかなり切迫した状況になっています。分子研はそういうストレスが少なく、安心して研究に専念できます。逆に、分子研のデメリットは、研究室に学生さんが少ないことです。地方大学の一番のメリットは、非常に大勢の学生さんたちを指導できるという点でしょう。だから分子研と地方大学で、研究のやり方は違ってくるはずです。地方大学で研究する場合は、さっきの「0.1の仕事」を、うまく作ることが大事で、役に立つかわからないけどやってもらおう、という「遊び」ができます。分子研だと、マンパワーの点でそれができない、とは言わないけど、難しい。やるなら、予算を獲得して、研究者軍団でやることになるでしょう。分子研では、むしろ一点集中型でピークを作るようなやり方になると思います。

――地方大学は切迫している、とのことですが、大学共同利用機関である分子研には、何ができるでしょうか。

私は、センター長や施設長を務める立場になって、見方が大きく変わりました。それまでは自分の研究中心で、自分と関わる人たちぐらいまでしか視野になかったんですけど、それ以外の人たちに対して、考える時間が増えました。自分の研究で社会に貢献しようという発想から、国全体を盛り上げることに私が貢献できることは何か、と考え方が変わってきました。私は今UVSOR施設長ですけど、UVSORという大型設備をうまく、沢山の研究者に使っていただいて、国全体の研究力を上げることに貢献できれば、大学共同利用機関としての役割を果たせるだろうと思います。だから母校である千葉大学には、頑張ってほしいと言うだけじゃなくて、こちらのリソースを整備して支援する、サポーター側もやれる立場になりました。恩師の上野先生も、研究以外の、国のための仕事を沢山されています。私もそういう立場になってきたんだなあ、と思っています。

遠い未来 ・・、はるか彼方の銀河系で...

話が飛びますが、私、日本は経済大国ですけど、文化的にはまだまだ先進国とは言えないと思っているんですよ。ヨーロッパとは文化的に大差があります。日本が今後、文化的先進国になるには、我々国民皆の、科学や教養のレベルを上げていくことが大切です。技術的進歩も大事ですが、学問のレベルを上げて、我々自身が進化していかないと、いずれ人類は滅びてしまうと思います。私は、お酒の席などで、学生に自分の夢を話すんです。「スターウォーズみたいな世界を経験したくない? 宇宙人っていると思う?」って。観測事実はないですが、宇宙人は絶対いますよね。

――少なくとも我々はここにいます。

宇宙人はいないと論証するのは難しいでしょう。ただ、出会えないんですよ。何故なら、お互いに簡単に出会える距離にいないから。そして、星間移動できるぐらいの科学技術に、なかなか、知的生命体が進化できないからです。星間移動もできないレベルなのに、現状の技術で潤った日常生活に満足してしまって、進化に対して好奇心がなくなると、知的生命体は滅びてしまうんだと思います。それが戦争で滅びるのか、自然災害に対応できずに終わるのか。生存し、進化し続けるには、皆が例えば「スターウォーズみたいな世界」を実現したいと思わないとダメなんですね。それには国民一人一人の知的レベルを上げないといけない。

日本は、できる国だと思います。そのために我々が中学・高校に出向いて、出前授業などのアウトリーチ活動で、夢を語るのも大事だと思っています。残念ながら私の研究は、あまり「スターウォーズ」には貢献できないと思いますが。まあ強いて言えば材料開発の面では役立つかもしれない。

――現状維持ではダメですか。

現状維持しようと思ったら絶対落ちていきますよ。緩やかでも成長し続けないと。ある程度豊かになって、そこで満足したら終わりです。夢を見続けることが大事です。日本のマンガやアニメってすごく貢献していると思っています。マンガでも何でもいいから、夢を見させてもらうと、好奇心は継続できますね。考えられないものは実現しないし、突然生まれることはないんです。

 

誰もいない世界へ

――今までは主に研究についてお聞きしましたが、ここで話を変えて、ご趣味・ご関心について伺ってもよろしいでしょうか。

学生時代には、自己紹介するときに「多趣味です」って言っていた記憶があります。何でもいいから試してみたかったんです。その中で今も残っているのは、アウトドア系の活動ですかね。学生時代は山岳部に所属していました。登山道も整備されていないような人の行けないところに行くと、征服感があるんですよ。「ここ今、俺しかいないけど」みたいな。今は、さすがに体力はないし、時間もないし、子どもたちを連れてキャンプに行ったりするのが、趣味ですね。大学時代の登山活動で培った人間力は今に活かされていますね。「徒歩旅行部」っていう、名前は軟弱に聞こえますが、体育会系の山岳部です。西表島を徒歩で1周するとか。でも西表島って、半分は道路もないジャングルなんです。人のいないところに行くには、食料と水を全部持って行くので、最高50キロ背負って歩きました。当時は毎日トレーニングして体を維持していました。懐かしい...。

――ハードですね。でも、以前から疑問だったのですが、厳しいけど人が伸びていくような環境と、厳しいだけの、人が潰れてしまう環境があるのは何故なんでしょう。

目的があるかどうかだと思いますね。研究って、すごくタフですよね。客観的に見たら、かなり厳しい環境ですけど、やはり楽しいから、やれるんですよ。予想もできなかったような、あるいは予想通りの、データが出たときの気持ち良さって、あるんですよ。徒歩旅行部も、きついけど、たどり着いた場所の景色の良さ、仲間で協力した達成感の気持ち良さがあるから、やめられない。厳しくても、見返りがある。

――ただ辛いだけでは嫌になってしまう。将来の夢を持って、その夢につながっていることが大事なんですね。

子どもの時は皆、そういう夢を持っていたと思います。でも学校が、なかなかそういう夢を育ててくれない。教育界を変えていく必要があると思います。特に中学校・高等学校に、導いてくれる良い先生が、もっと必要です。博士の学位を取った人のキャリアパスとして、ちゃんとサイエンスを知っている人が、現場で教育すべきだと思います。幸いそういう人はだんだん増えてきていますけど。我々のアウトリーチはその場限りですが、サイエンスを語れる人が、いつも当たり前のように学校にいる必要があります。

――ありがとうございました。最後に、今回のお話に興味を持った方が、読んでみると良いような、おすすめ図書を教えていただければと思います。

 

解良先生のおすすめ図書

『学問のすすめ 現代語訳』 福澤諭吉著, 斎藤孝訳(ちくま新書 2009)
日本人なら誰でも知っている「学問ノススメ」。でもオリジナルは文語体で読みにくいですよね。これはその現代語訳です。激動の時代に有識者が何を考えていたか、良くわかります。指導的立場の人は必読ですし、誰でも、なぜ勉強する必要があるのかよくわかる、すごく良い本です。どんな業界の人にも響くと思います。この本を読んで、やはり皆が知的好奇心を高く持てば人類は進化できるんだ、と確信しました。これは上野先生からすすめられて読みました。

『ホワット・イフ? ―野球のボールを光速で投げたらどうなるか』 ランドール・マンロー著, 吉田三知世訳(ハヤカワ書房 2015)
すごくくだらない?ことを物理学で事細かに説明している本です。例えば、レゴブロックでロンドンからニューヨークまで橋を作れるか、みたいなことを、耐久性だけでなくコストの観点まで考えて説明しています。最近、子どものために買いました。小学生には少し難しかったかもしれませんが、夢を大切にすることに役立つのではと思います。

『掏摸(スリ)』 中村文則著(河出文庫 2013)
上野先生から、寝る前には研究とは別の本を読んで、頭を切り替えた方が良いとアドバイスされた覚えがあります。先生を見習って、推理小説などで頭をリフレッシュしています。この本は、少し前に、新幹線で一気に読みました。面白かった。薄いので2時間かからないです。ちょっと裏社会の怖さも出てきますが、そうした心理描写がとても良いです。

文/片柳英樹(研究力強化戦略室 広報担当)
写真/原田美幸(研究力強化戦略室 広報担当)

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