研究・研究者
研究者インタビュー|南谷 英美 准教授
Researcher interview 2020. 06<前編は こちら>
――ここで、これから理系に進もうとしている生徒さんや、研究者になりたいと考えている学生さんに、アドバイスをいただけませんでしょうか。特に、理科系を目指す女性の方々に、何かメッセージをいただけませんでしょうか。
自分の分野について言えば、物性理論とくにシミュレーション系の研究は拘束時間が短いと言いますか、マシンの横にずっといる必要はないので、ワークライフバランスをとりやすい分野だと思いますね。工夫すればリモートワークもできますし。例えば自宅のパソコンから計算機にジョブ(計算処理一式)を流して、自分が寝ている間に計算させておくとか。実験系研究者に比べれば、自分で時間をコントロールしやすいと思います。男女問わず、プライベートとのバランスはとりやすいと言えます。コンピュータベースの研究なので、いくらでも効率化できますし、実はかなりホワイトな生活ができますね。
――理論系研究者の隠れたメリットですね。
この分野はちゃんと物を考えられなければならないので、そのためにはちゃんと寝て、健康でいないといけないですから。でも、アカデミックの研究職全体について言えば、ポジションが非常に限られていて、若いうちに安定した職に就くのが、とても難しいので、誰にでもお勧めできるかというと、難しいと思います。私は、自由と引き換えなら、少々不安定でもしかたがないと思っていました。そのように、自分の中で割り切れるのか。30歳、40歳まで努力して、安定したポストが得られなかった場合に、自分の生活とメンタルをどうやって保つのかを、考えておいた方が良いと思います。暗い話ですが...。それから、地道な研究は、そんなに脚光を浴びることもないので、他人からの称賛じゃなくて、何かを発見すること自体で喜べるようなタイプじゃないと、しんどいかなと思います。
――研究者を目指すなら、自分が何をもって満足したいのかをきちんと考えて、進路選択するべきなんですね。
報われない時にもめげずにやっていけるか、といったことは考えて、進路選択された方がいいと思います。また、民間企業も立派な研究開発をされていますので、アカデミアに固執する必要はないかと思います。自分がそもそも、何で満足したいのかを、ある程度把握したうえで、考えた方が良いです。
――あまり男性・女性という話ではないのですね。それでは、先生は女性の方が不利と感じるようなことはあまりなかったのですか。
お子さんがいると大変だとは思いますが、自分はそうでないので、今のところ不利を感じたことはないですね。その分野に女性は一人だけ、みたいな状況では、皆さん覚えてくれます。そういう意味ではむしろ有利だと思いますけどね。ただ、どちらにしても、研究者を目指すのはしんどいので、それなりの覚悟は必要と思います。
――一番しんどいとお感じになるのは、成果が出ないときですか。
それもしんどいですが、やはりポジション獲得ですね。現職は任期なしで、安定していてありがたいです。ポスドクなどをしていた頃は任期付きで、次の職のためには成果を挙げないといけないけれど、そんなポンと出るわけではないし、そこはしんどかったですね。悩みましたし、大変なこともありました。分子研に着任後は、最初の立ち上げは大変でしたが、今はすごく快適です。
――それは何よりです。ところで「研究者を目指す」というつながりでお聞きしますが、先生は、中学高校での出前授業や、職場体験学習の受け入れなど、アウトリーチ活動にはご興味ありますでしょうか。
アウトリーチですか。私は、研究者は、ある程度のポストまでたどり着ければ楽しいですが、そこに行くまでが、いつも崖っぷちという実感を持っているので積極的に進路としておすすめするようなことは、なかなか言えないです。
――そういう現実も大切と思います。第一線で活躍されている方々をみると、そういうところは順調なイメージがありますが、確かに実際は、皆さん苦労されていますよね。
アウトリーチに出てこられる方は概ね安定したポストに就いている場合が多いですが、そういう方は崖を超えて来たわけです。生存者バイアスを考えずにキラキラしている面だけ見て進路を決めてしまうと、崖に直面したときに、「なんだこれ!?」とショックを受けてしまう可能性はあると思います。だから、結構しんどいですよ、とは誰かが言っておいた方がいいと思いますよ。
――その辺りをどう伝えるかは、難しいですね。言いにくいですし。でも伝える必要のあるところですね。研究者への道が厳しいこと自体は、妥当ですからね。
研究者を目指したことが活きる別な仕事についてなど、ポジティブな話題があると良いと思いますね。この業界は一本道の印象を持たれていると思うので、ドクターを取った後の進路に、もっと多様性が感じられる話が良いと思います。研究者出身のサイエンスライターで活躍されている方を紹介するとか。アカデミアで、うまく出世できた人だけが勝者のような紹介のされ方は、ちょっと嫌だなと思います。研究を目指した過程で培った論理的思考力や、文章力が、役に立っています、みたいな例があると、進路選択の幅が広がると思いますね。自分が大学院生の時も、ポジションの数が本当に限られていて、「私の将来詰んでるわ(絶望)」と拗ねていたので、こういう方向もあるよ、と示されれば、そのころの自分は精神的に助かったと思いますね。
――先ほど少し分子研の研究環境の話がありましたが、今まで経験された他機関と比べた場合、分子研はいかがですか。
分子研はとにかく研究時間が潤沢なのがベストです。特に私は准教授として着任しましたので、「雑用」もあまり回ってこないですし。研究に集中できるという点では日本でもトップクラスと思います。理論の研究をするなら、落ち着いて研究に集中できる分子研は、すごくありがたい環境だと思っています。基盤研究費もちゃんとありますし。デメリットは、強いて挙げるなら、研究室のメンバーを増やしにくいことだと思います。大学は毎年、学生さんがコンスタントに入ってくるところが多いかと思います。そういうことがないので、どうしても研究室は少人数になりますよね。ただ、私は少人数で密にコミュニケーションをとって研究を進めるほうが向いているので、大きなデメリットではないです。でも、とにかく人手が必要な研究をするとなったら、そこがしんどい点と思います。
――やはり大学と比較すると、研究グループの感じは違いますか。
違いますね。分子研は、経験したなかでは、理研のほうが近いですかね。有機化学系などは、学生さんを集める必要もあると思うので、もう少し地域の大学と連携があると良いと思っています。
――ここで話が変わりますが、研究以外のご関心やご趣味について、お聞かせいただけませんでしょうか。
私はすごくインドアで休みの日は一歩も外に出ないこともあります。家で映画を見たり、本を読んだり、ゲームをしたりしています。今はネットで何でも配信してくれるので、私のような人間にはありがたい時代になりました。土日は、よほど締め切りの近いものがあれば仕事しますが、ちゃんと休む時は休もうと思っています。20代であればぶっ続けでも、なんともないと思いますけど、30を超えてくるとずっと仕事していると頭の方が飽きてしまいます。切り替えと適度な休養は必要です。全然関係のない専門書を読むこともありますね。博士課程の頃も、アニメを見て気分転換とかしていましたよ。
――気分転換で得たことと、研究内容とは、関係が生じたりするのでしょうか。
映画は、ストーリー展開や、見せ方が、練りこまれています。良いものを見ておかないと、どういう見せ方が良いか、どういうストーリー展開がぐっとくるか、わからないじゃないですか。そういう人間心理に訴えるものは、研究でも、文章を書くときなどに必要になると思います。そういった面では関係ありますね。それから、学会や、国際会議などで、お昼を食べながら研究者同士で雑談しますよね。余暇で何かやっていないと話題が乏しくなります。そのために映画を見ているわけではないですが、ある程度楽しく会話できないと、人とうまくつながれないので、余暇はそういう意味でも大事だと思います。
――ありがとうございました。最後に、先生が影響を受けた図書を何冊かご紹介いただけませんでしょうか。一般の方向けでも、研究者を目指す若者向けでも結構です。先生のコメントとあわせて、紹介したいと思います。本日は長い時間ありがとうございました。
『三体』劉慈欣著、立原透耶監修、大森望、光吉さくら、ワン チャイ訳(早川書房 2019)
最近読んですごく面白かったSF小説です。量子力学の話も入っているので、一般の方に、量子物理に興味を持ってもらえるきっかけになると思います。最近読んだSFの中ではぶっちぎりで面白かったです。ようこんなん考えつくなあ、と思いました。話は一旦完結していますが、続きがあるらしいので、そちらも是非読みたいです。
『量子力学と私』朝永振一郎著(岩波文庫 1997)
ノーベル物理学賞の朝永振一郎の著書です。量子力学的な粒子の振る舞いを、お話として書いた「光子の裁判」や、著者のドイツ留学時代の日記などが入っています。日記では、朝永先生はドイツ生活でとてもブルーになってしまって、「俺の同期は既にいっぱい論文が出ているのに......」みたいなことも書いてあります。こんな偉い人が、こんなに落ち込んだ時期があるんだと、大学院生が読んだら勇気が出るかもしれません。一般の方も、お話のところは面白いと思います。正統派おすすめ本ですね。
『研究者としてうまくやっていくには ‐組織の力を研究に活かす‐』長谷川修司著(講談社ブルーバックス 2015)
研究者を目指している学生さんだったら、この本を読んでおくと良いと思います。そのものずばりのタイトルですね。私は一昨年ぐらいに読んで、学生の頃にこの本があれば良かったのにと思いました。東大理学部の教授が書いているのですけど、企業も経験されているので、話もバラエティに富んでいます。研究室のボスや、学会の人たちは、どういうところを見て自分を評価しているのか、プレゼンをするときは、どこに気を配ればいいのか、など具体的に書いてあって、学生さんなら読む価値ありだと思います。この本にも、研究業界は結構大変だよ、と書いてありますよ。
『数字であそぼ。』絹田村子著(フラワーコミックスアルファ 2018)
数学科の大学生が主人公のマンガです。ちょっと数学の話も書いてありますが、理系大生あるあるが多くて面白く読めます。ちなみに、私は中学高校の頃数学が苦手でした。今も数学は、必要に駆られて勉強しているのですが超苦戦しています。なので主人公の「大学数学まるでわからん」苦しみっぷりに共感できます。
文/片柳英樹(研究力強化戦略室 広報担当)
写真/原田美幸(研究力強化戦略室 広報担当)