細胞の中を動き回る生体分子の挙動を追跡しながら、ふと大洋を泳ぐクジラの群を想い起こす。クジラの回遊を人工衛星で追うアルゴスシステムのことである。背びれに電波発信器を装着したクジラを海に戻す時、なんとかクジラが自分の種の群に戻ってくれることをスタッフは願う。今でこそ小型化された発信器だが昔はこれが大きかった。やっかいなものをぶら下げた奴と、仲間から警戒され村八分にされてしまう危険があった。クジラの回遊が潮の流れや餌となる小魚の群とどう関わっているのか、種の異なるクジラの群の間にどのようなinteractionがあるのか。捕鯨の時代を超えて、人間は海の同胞の真の姿を理解しようと試みてきた。
バイオイメージング技術において、電波発信器の代わりに活躍するのが発光・蛍光プローブである。生体分子の特定部位にプローブをラベルし細胞内に帰してやれば、外界の刺激に伴って生体分子が踊ったり走ったりする様子を可視化できる。発光・蛍光の特性を活かせば様々な情報を抽出できる。例えば、ある蛍光分子ドナー(エネルギー供与体)の励起エネルギーがアクセプター(エネルギー受容体)へ移動する現象(蛍光のエネルギー移動)は、ドナーとアクセプター間の距離および向きに依存するので、これを利用して生体分子間の相互作用や生体分子の構造変化を観ることができる。共鳴エネルギー移動に限らず、蛍光の偏光、消光、退色、光異性化反応など、あらゆる特性が活用できる。
今生物学はポストゲノム時代に突入したと言われる。ポストゲノムプロジェクトを云々するに、より実際的な意味において、細胞内シグナル伝達系を記述するための同時観測可能なパラメータをどんどん増やす試みが重要である。我々は、細胞の心をつかむためのスパイ分子を開発している。材料となるのは蛍光タンパク質。自ら発色団を形成して蛍光活性を獲得するタンパク質である。近年の遺伝子導入技術の進歩のおかげで、蛍光タンパク質を利用したスパイ分子がますます活躍している。我々はまた、新しい蛍光タンパク質を求めて、様々な生き物からのクローニングを行っている。狙いのひとつは、蛍光の様々な物理特性を、蛍光タンパク質から引き出して、新しいスタイルのイメージング技術を開発することだ。
超ミクロ決死隊を結成し、微小管の上をジェットコースターのように滑走したり、核移行シグナルの旗を掲げてクロマチンのジャングルに潜り込んだりして細胞の中をクルージングする、そんなadventurousな遊び心をもちたいと思う。大切なのは科学の力を総動員することと、想像力をたくましくすること。そしてwhale watchingを楽しむような心のゆとりがserendipitousな発見を引き寄せるのだと信じている。
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