概 要 |
■講演
10:00 -
畠山 哲央(東京大学総合文化研究科 日本学術振興会特別研究員DC2)
「Enzyme-limited competitionによる概日時計の周期の温度補償性」
11:00 -
飯野 亮太(東京大学工学系研究科 応用化学 講師)
「タンパク質分子機械の1分子計測のこれから:改造して理解するデザイン原理」
畠山 哲央
「Enzyme-limited competitionによる概日時計の周期の温度補償性」
化学反応速度は、一般に温度に強く依存するため、温度の上昇に伴い化学振動の周期は短くなる。例えば、Belousov-Zhabotinsky反応においては、10℃の温度上昇で、その周期は約二分の一となる。一方で、概日リズムの周期は、様々な生物種でその分子機構が大きく異なるにもかかわらず、周期が温度変化に対して頑健である、つまり周期の温度補償性があることが知られている。そのメカニズムを知る事は、概日時計研究に於いては勿論、生物学全体にとって重要な課題である。
近年の生化学的な実験により、概日時計を構成する一部の酵素の回転数が温度に殆ど依存しない事が知られている。これを受け、概日時計において全ての素過程がelement-levelで温度非依存的であり、周期が温度補償されているのではないか、という仮説が提案されている。だが、実際の概日時計では周期は温度補償されているものの、その位相は温度変化によりリセットされ、またその振幅は温度に応じて大きく変化する。上述のelement-levelの温度補償性だけでは、これらの事実を説明できない。従って、system-levelの新たな温度補償性メカニズムが、現在求められている。
そこで、本研究ではsystem-levelの新規温度補償性メカニズムの解明を主眼とし、まずシアノバクテリアの概日時計システムであるKaiCリン酸化振動子の数理モデルを解析した。その結果、KaiCのリン酸化を促進し酵素のように振る舞う、KaiAの「取り合い」を介してKaiCリン酸化振動の周期の温度補償性が生じることを見いだした。我々はこのメカニズムをenzyme-limited competition(ELC)と名付けた。さらに、共通の酵素により触媒される多段階反応が存在すれば、より簡単な触媒反応ネットワークでもELCにより温度補償性が生じる事を見いだした。本発表では、最近の研究で分かってきた事に関してもお話ししたい。
飯野 亮太
「タンパク質分子機械の1分子計測のこれから:改造して理解するデザイン原理」
タンパク質でできた分子機械の機能発現には精緻かつ特異的な相互作用や分子認識が必須 だと一般に考えられている。しかしながら最近の1分子計測の結果から、ATP 合成酵素の 一部である回転分子モーターF1-ATPase(F1)の仕組みは我々が考えるよりもロバストでい い加減なことがわかってきた[1, 2]。例えば、F1 は部品が足らなくても一方向に回転でき[3]、 F1 の化学力学共役は厳密ではなく ATP 結合や加水分解などの化学反応素過程は決まった回 転角度以外でも起こりうる [4]。また加水分解が非常に遅い変異体も一方向に回転できる[5]。
今後は F1 をさらに改造することでタンパク質分子機械のデザイン原理を徹底的に理解し たい。例えば、F1 をどこまで改造したら一方向に回転できなくなるのかを知りたい。さら に、結晶構造を基にした分子シミュレーションで性能をアップした F1 をデザインし1分子 計測で実証したい。また細胞内には、F1 に似た 6 量体リング構造を持つタンパク質分子機 械が多種存在し様々な役割を担っている。DNA 複製時に二重鎖をほどく DnaB、RNA への 転写を終結させる Rho、タンパク質分解のために高次構造を壊す ClpX、凝集したタンパク 質をほどき再生する ClpB、膜小胞を酸性化する V-ATPase などである。概日時計タンパク質 KaiC もその一つであり、ATP 加水分解速度が最も遅いことで知られている。1分子計測や 改造アプローチで F1 以外の 6 量体リング型分子機械の仕組みにも迫りたい[6]。上記の分子 機械を1分子計測するだけでなく、例えば、F1 の固定子リングに回転子サブユニットの代 わりに DNA や RNA を差し込んだらどうなるかを知りたい。 本講演では上記の取り組みついて最新の結果を紹介し、議論のたたき台としたい。
(参考文献)
1. Iino R, Noji H. (2013) Operation mechanism of FoF1-adenosine triphosphate synthase revealed by its structure and dynamics. IUBMB Life. published online DOI: 10.1002/iub.1120
2. Iino R, Noji H. (2012) Rotary catalysis of the stator ring of F1-ATPase. BBA - Bioenergetics 1817: 1732-1739.
3. Uchihashi T, Iino R, Ando T, Noji H. (2011) High-speed atomic force microscopy reveals rotary catalysis of rotorless F1-ATPase. Science 333: 755-758.
4. Watanabe R, Okuno D, Sakakihara S, Shimabukuro K, Iino R, Yoshida M, Noji H. (2012) Mechanical modulation of catalytic power on F1-ATPase. Nat. Chem. Biol. 8: 86-92
5. Komoriya Y, Ariga T, Iino R, Imamura H, Okuno D, Noji H. (2012) Principal role of the arginine finger in rotary catalysis of F1-ATPase. J. Biol. Chem. 287: 15134-15142.
6. Iino R, Noji H. (2013) Intersubunit coordination and cooperativity in ring-shaped NTPases. Current Opinion in Structural Biology. published online DOI: 10.1016/j.sbi.2013.01.004
|