
生体内で働く無数の化学反応は連鎖的につながり、ネットワークを形成することが知られている。このシステム全体のダイナミクスから細胞の生理機能が生まれ、さらに反応を司る酵素の量や活性が変化することで生理機能の調節が行われるのだ、と考えられている。化学反応系のダイナミクスや調節機能を理解する目的で、各酵素に操作的撹乱を与え、化学物質の濃度変化を測定する実験がなされている。しかし、ネットワークに基づく化学反応系の合理的理解は、これまでほとんどなされてこなかった。
これに対して我々は、化学反応ネットワークの構造だけから、酵素の量や活性が変化したときのシステムの応答を予測する数理理論(Structural sensitivity analysis)を構築した。その結果、(1)酵素の変化に対する化学反応系の定性的応答(増加or減少or変化なし)が、ネットワークの形だけから決められること、また(2-1)酵素の変動に対する応答の範囲は、ネットワーク上の限られた部分にとどまること、(2-2)化学反応系の様々な場所に摂動を与えた時、応答の範囲は階層的な入れ子パターンを示すことを発見た。そして、(3)これらの特徴的パターンを全て説明する、一般的な原理「限局則」を証明した。ネットワークの任意の部分構造に含まれる、分子種の数、反応の数、ループ構造の数が、ある簡単な算術条件を満たしているとき、その部分は「緩衝構造」となる。つまり、構造内の反応に与えられた変動の影響は、内部のみにとどまり、外部の濃度や反応には全く影響を与えない。
ネットワークの部分構造だけで化学反応系の振る舞いを決定できる「限局則」は、生命システムを解明する上で強力な手段になりうる。酵素の摂動をその内側で吸収して外に伝えない「緩衝構造」は、生命システムに恒常性や頑健性を与える構造として、進化してきたのかもしれない。また、データベース上のネットワーク情報と摂動応答実験の結果を比べて、不整合を発見し、未知の反応の存在を予測することも可能である。中心代謝系などの複数の生命ネットワークに適用した例を紹介する。
■講演者詳細:
http://www.riken.jp/theobio/member/mochi.html
|