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大学院教育

総研大生コラム - 山内 仁喬さんの体験記

イタリア滞在記 ―SOKENDAI研究派遣制度を利用した短期海外留学―

山内 仁喬さん
構造分子科学専攻5年(執筆当時)
分子研レターズ 82号 掲載(2020年9月)

SOKENDAI研究派遣制度を利用して、2019年11月から2020年1月までの3ヶ月間、イタリア学術会議の Institute of Chemistry of Organometallic Compounds (ICCOM)のLa Penna博士と共同研究を行うためにイタリア・フィレンツェに滞在しました。

フィレンツェはイタリアの中部に位置する都市です。14世紀にルネサンス文化が花開いたことで有名で、傑作といわれる建築、絵画、彫刻を至る所で味わうことができます。私がフィレンツェに到着した11月はちょうど雨季にあたり、到着後の数週間は毎日のように雨が降っていました。イタリアのカンツォーネ、'O sole mio(私の太陽)で歌われるような、爽やかで澄んだ晴れの日の青空を想像してイタリアに赴いた私は、思っていたのと違うぞと、心の中で呟いていましたが、水溜りに映る大聖堂などは、それはそれで綺麗でした。フィレンツェの市街地は半日もあれば歩いて回れるほどのコンパクトな街ですが、歴史の中で成熟していった文化を知り尽くすには、3ヶ月の滞在では足りないほど見どころが多く、美しく飽きのない場所でした。2019年はレオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年の年で、レオナルドを想起させる幾何学オブジェクトを至る所で見かけました。

そんな市街地から車で約20分の郊外にイタリア学術会議のキャンパスは位置しています。イタリア学術会議はイタリア各地にある100近くの研究機関を総括するイタリア最大の学術組織で、私が滞在したICCOMはその傘下にある研究機関の一つです。同じキャンパス内には、ICCOMの他に複数の研究機関も入っており、そのような点では岡崎の3研究所に似たものを感じました。すぐ近くには、フィレンツェ大学の理系キャンパスも立ち構えています。研究所と大学の交流は盛んなようで、フィレンツェ大学の学生が研究所に講義を受けに来ることもあれば、逆に、イタリア学術会議の研究者がフィレンツェ大学で開催されているセミナーを聞きに行くこともあります。私も滞在期間中に何度かフィレンツェ大学にセミナーを聴講しに行きました。

イタリア滞在中は新たなプロジェクトを立ち上げることにしました。La Penna 博士は、金属イオンなどのco-factorと生体分子の相互作用に関するシミュレーション研究を精力的に進めている研究者です。一方で私は、これまで定温定圧レプリカ置換法やレプリカ部分置換法といった効率的なシミュレーションの開発をしてきており、現在は生体分子に対する応用研究に興味を持っています。滞在前からイタリアで実施するテーマを色々と考えていたのですが、最終的にはLa Penna博士とのディスカッションを通じて、両者の強みを生かせるようなテーマを設定しました。研究を進めるにあたり、レプリカ置換法を分子シミュレーションの汎用パッケージであるLAMMPSに実装してみてはどうか?という提案もいただきました。現状、レプリカ置換法は奥村Gで独自に開発してきたプログラムにしか実装されておらず、誰もが使える状況にはないため、これは良い機会と思い、提案を受け入れて、レプリカ置換法をLAMMPSに実装するところから研究プロジェクトが始まりました。イタリアに滞在するまではLAMMPSを使ったこともプログラムを読んだこともなかったのですが、La Penna博士のサポートもあり、順調に進めることができました。

研究所生活の印象的な点を挙げるとすれば、まさにイタリアらしく「気軽な会話」が溢れている点だと思います。La Penna博士はよく私の居室に来て、ランチやリフレッシュのエスプレッソを飲みにバール(立ち飲みカフェ)に誘ってくれましたが、食堂やバール、その道中で知り合いに会うたびに立ち話が始まっていました。居室メンバーともエスプレッソを片手によく談笑を楽しみました。思ったことはとにかく喋るという気質のためか、話題は研究の話から下らない話まで多種多様でした。イタリア観光情報や週末イベント情報など、イタリア生活を楽しむための有意義な情報もそこで仕入れることができました。気軽に会話できる雰囲気のおかげで、困ったことや議論したいことがあった時に、質問しやすく大変助かりました。また、一通り話したいことを終えると、さっと持ち場に戻り再び作業に集中するというスタイルでしたので、気分転換や、次の作業に取り組むための思考の整理に有効だと実感して、案外悪くないなと思いました。

少し話題を変えて、イタリア滞在中の日常生活についても述べたいと思います。滞在中は、学生向けの寮に入居していました。そこでは、コロンビアから語学留学しているオマールと、ドイツからフィレンツェ大に留学していたダヴィデと3ヶ月間同じ部屋で生活を共にしました。南アメリカ、ヨーロッパ、アジアと異なる大陸出身の学生が一つの部屋に集合したため、イタリア以外の国についても色々知ることができました。

海外生活は食事が口に合うかどうか心配に上がると思うのですが、イタリアは美食の国で、ふらっと立ち寄ったお店でも美味しいご飯が食べられます。ただ、滞在中はできるだけ自炊することを心がけました。初めてスーパに行った時は、イタリア語があまり分からず、見た目と勘で購入していましたが、パッケージのイタリア語を辞書で調べてメモ帳に記録することを繰り返すうちに、だんだん単語も覚えていき、不自由なく買い物できるようになりました。私はパスタが好きなので、ほぼ毎日のようにパスタを作っていました。それを見たダヴィデに「Are you making pasta again?」とつっこまれたので、「We are in Italy. This is the reason why I always cook pasta. I like pasta because it's delicious!!」と反論しました。郷には入っては郷に従え(When in Rome, do as the Romans do.)は、まさにこういう時のためのことわざだと思いました が、瞬時に発することができなかったのは残念でした。そんな言い合いをしていると今度はオマールに「I don't like pasta.」と言われてしまいました。2人のおかげでたくさんの思い出ができました。

イタリア滞在中にクリスマスと年越しを経験できたのもいい思い出となりました。クリスマスが近づくと、広場にはクリスマスツリー、近くのショッピングモールにはクリスマスマーケットの屋台が立ち並んでいました。街はイルミネーションで彩られ、フィレンツェ市街地はより一層綺麗に感じました。しかしクリスマス当日は、ほとんどのお店は閉まっていて市街地も閑散としていました。クリスマスは「家族と過ごす大切な祝日」であることを強く感じました。一緒に生活していたダヴィデもドイツに帰っていました。自身はというと、La Penna 博士が自宅での夕食に招待してくれましたので、家族との時間を邪魔するのは申し訳ないなとも思いながら、お言葉に甘えて、イタリアのクリスマスの過ごし方を体験させてもらいました。一方、年越しはオマール、ダヴィデと一緒に市街地で過ごしました。年越し野外ライブが市街地の至る所で開催されていたのが印象的でした。年越しの瞬間になると、町中で花火が打ち上がり、至る所で爆竹の音などが鳴り響き、その興奮はしばらく経っても冷めませんでした。除夜の鐘を聞きながら、ゆく年くる年の日本とは真逆の様相で、大変驚きました。

イタリアでの生活では、日本との相違点や共通点を意識することが多く、たくさんのことを学ぶことができました。海外生活について漠然と抱いていたことが、現実として目の前に広がっていたり、幻想だったりということを知ることができました。海外での研究活動に興味を持つ総研大生にとって、SOKENDAI研究派遣プログラムはその機会を与えてくれる非常にいいシステムだと思います。ただ残念なことに、私がちょうど帰国する頃にコロナウイルスのニュースが報道されはじめ、この記事を書いている現在も海外渡航が厳しい状況にあります。安全に海外渡航できるようになるのがいつになるのかは分かりませんが、その機会に向けて海外の研究室を調べ、研究計画を考えるなど、準備を進めるのは悪くないかと思います。

最後に、今回の留学に当たってお世話になったLa Penna博士、La Penna 博士を紹介していただいた奥村准教授、大学院係や総研大基盤総括係の皆様に感謝申し上げます。

山内 仁喬さんの略歴

やまうち・まさたか
1993年生まれ。岐阜県出身。名古屋大学理学部物理学科を卒業後、2016年総合研究大学院大学物理科学研究科構造分子学専攻入学。2020年より日本学術振興会特別研究員(DC2)。奥村グループにおいて、効率的なサンプリング手法の開発やタンパク質の凝集問題に取り組んでいる。