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2014/02/17

プレスリリース

X線の2光子吸収の観測に成功 -数百ゼプト秒の間にほぼ同時に原子を2度打ち- (繁政グループら)

本研究成果のポイント
○ X線の2光子がゼプト秒でほぼ同時に吸収される過程を初観測
○ フェムト秒の破壊過程をシミュレートし物質固有の情報を得ることに成功
○ さまざまな非線形光学過程がX線でも利用可能なことを実証
 

概要

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA[1]」を使い、X線の光の粒子(光子)がゲルマニウ ム原子に2個同時に吸収される「2光子吸収」過程の観測に成功しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)ビームライン研究 開発グループ理論支援チームの玉作賢治専任研究員、矢橋牧名グループディレクターと、分子科学研究所極端紫外光研究施設の繁政英治准教授、大阪大学大学院 工学研究科の山内和人教授、東京大学大学院工学系研究科の三村秀和准教授および高輝度光科学研究センターの大橋治彦副主席研究員らを中心とした共同研究グループによる成果です。

私たちが目にする色は、光が物質によって吸収されることで生じます。この過程は、通常、原子1つに対して光子1つ ひとつが独立に吸収されることで生じ、可視光領域だけでなくX線領域でも同様に起こります。しかし、X線を非常に強くすれば、つまり、X線光子を狭い時空間に大量に押し込むことができれば、数百ゼプト秒(1ゼプト秒は10-21秒)という極めて短時間に2つのX線光子を同じ原子に当てて、ほぼ同時に吸収させることができます。ただし、X線の2光子吸収の確率は可視光領域に比べて10桁以上低いため、実現は極めて困難だと考えられてきました。

共同研究グループは、SACLAのX線ビームを約100ナノメートルまで絞り込み、超高強度X線をゲルマニウム試料に照射し、2光子吸収を起こすことに成功しました。また、2光子吸収と並行して、超高強度X線による試料の破壊がフェムト秒(1フェムト秒は10-15秒) の速さで進むことを明らかにし、試料が壊れていく過程をコンピューター上でシミュレーションすることで、壊れる前の物質が本来持っていた固有の情報の抽出に成功しました。本研究成果はX線領域における非線形光学[2]の重要なステップであることはもちろん、試料を破壊するほど強力なX線で、破壊される前の試料固有の情報を得る方法を示した点でも、XFELを使った微小なタンパク質結晶の構造解析をはじめとする幅広い利用研究を可能にする有意義な成果です。

本研究は日本学術振興会の科学研究費補助金の助成を受けて行い、成果は英国の科学雑誌『Nature Photonics』オンライン版(2月16日付け:日本時間2月17日)に掲載されます。
 

背景

最初のレーザーは、今から50年以上前に可視光領域において発明されました。レーザーの強力な光を使って、強い光が物質に当たった時に起きる、光の 強さに比例しない現象を扱う「非線形光学」が劇的に発展してきました。現在では、非線形光学は学術的に重要であるばかりでなく、超高速光通信などさまざまな最先端技術で利用され、私たちの日々の生活を見えないところで支えています。最近、理研の「SACLA」と米国のSLAC国立加速器研究所の 「LCLS[3]」というX線自由電子レーザー(XFEL;X-ray Free Electron Laser)施設が相次いで完成し、X線領域でも非線形光学の本格的な研究が可能になりました。すでにLCLSからはX線と赤外線の和周波[4]発生が報告されています。しかし、これは最も低次である2次の非線形光学過程であり、より応用範囲の広い3次の非線形光学過程はいまだに報告されていません。次数が高くなると、より強いX線が必要になりますが、XFELでも十分なX線強度が得られなかったためです。

例えば、3次の非線形光学過程の1つに、2つの光の粒子(光子)が1個の原子にほぼ同時に吸収される「2光子吸収」があります。しかし、X線の2光子吸収の確率は、可視光領域に比べて10桁以上低いため、その実現は極めて困難だと考えられてきました。

そこで共同研究グループは、SACLAのX線ビームの強度を上げることで、つまり、X線光子を狭い時空間に大量に押し込んで、数百ゼプト秒(1ゼプト秒は10-21秒)という極めて短時間に2つの光子が1つの原子に当たる状況を作って、X線の2光子吸収の観測を試みました。
 

研究手法と成果

実験では、高精度の集光鏡を用いてSACLAのX線ビームを約100ナノメートルまで絞りこみ、ゲルマニウム試料に照射して、2光子吸収の結果として放射される「蛍光X線」を測定しました。測定の結果、蛍光X線の光子数が照射したX線の強度の2乗にほぼ従って増加していました。これは、2光子吸収の特徴であり、X線領域において2光子吸収が起きていることが示されました。今回の2光子吸収は3次の非線形光学過程であり、2013年に報告した1光子の吸収が 続けて2回起こる逐次的な“2光子吸収”とは本質的に異なります(図1)。


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            図1 逐次的な2光子吸収と本実験の2光子吸収

左:昨年報告した逐次的な2光子吸収では緩和を伴う中間状態を経由した1光子吸収が連続して2回起きる。このため2つ目の光子が多少遅れて当たっても上の状態に上がることができる(上)。逐次的な2光子吸収の模式図。途中に段があって1段ずつ登ることができる(下)。参照:2013年7月23日プレスリリース
「X線を2回当てて「中空原子」の生成に世界で初めて成功」https://www.ims.ac.jp/news/2013/07/23_1255.html

右:今回初観測に成功した2光子吸収では、2つの光子は数百ゼプト秒という極めて短い時間に同じ原子に当たって吸収される(上)。2光子吸収では途中で休憩する段はない。また、強力なX線によって段(試料)そのものが破壊されていく(下)。


興味深いことに、試料に照射したX線の強度が高いところでは蛍光X線の信号強度が2乗の依存性から下にずれて、予想した理論値よりも2光子吸収が少ないことが分かりました(図2)。より詳細に解析したところ、図2の右側のX線が強い条件では、X線が1光子でゲルマニウム原子を光イオン化することで、その原子で2光子吸収ができなくなることが分かりました。つまり、1光子でL殻[5]がイオン化されると、K殻[5]の 束縛エネルギーが大きくなり2光子吸収ができなくなっていたのです。このように、2光子吸収と並行して、超高強度X線による試料の破壊がフェムト秒(1 フェムト秒は10-15秒)の速さで進むことが明らかになりました。

このような状況をコンピューター上で再現すべく、1光子による光イオン化とその後の緩和過程や再度の光イオン化を取り入れて、試料の破壊に伴うさまざまな電子状態の原子がどのような個数分布をとっているかをフェムト秒(1フェムト秒は10-15秒) の時間領域でシミュレーションしました。この結果を使って2光子吸収のX線強度依存性を計算、つまりX線による試料の破壊過程まで組み込んで計算したとこ ろ、実験結果と良く一致することが分かりました(図2)。さらに、この解析により壊れる前の物質が本来持っていた2光子吸収に関する固有の物理量である2 光子吸収断面積[6]を決定することに成功しました。

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図2 2光子吸収のX線強度依存性

X線の強度(パルスエネルギー)が強くなる右側で、実験データ(青)は単純な2乗の予測(緑)より下側にずれていく。X線による試料の破壊過程を組み込んだシミュレーション(赤)を行うと、実験データを正しく再現できる。
 

今後の期待

今回初めてX線の2光子吸収が観測されたことにより、その他の3次の非線形光学過程をX線領域で観測できることが示されました。2光子吸収や非線形 ラマン散乱[7]、光カー効果[8]などは可視光領域では基礎科学から産業にまで広く利用されており、これらの非線形光学過程とXFELとを組み合わせた 新しいイメージング法、分光法、X線光学素子といった応用が大いに期待できます。

また、試料を破壊するほど強いX線を照射した場合でも、その過程をコンピューター上で再現することにより、試料が本来持っていた性質を明らかにできることが示されました。この解析方法は、今後XFELで強いX線を使う際に非常に役立つと期待できます。例えば、 XFELで微小な結晶でタンパク質の構造解析を行う場合、小さな試料から十分な信号を得るために非常に強いX線が必要です。その場合、照射中にフェムト秒 の速さで試料が破壊されていきますが、本研究の解析法を適応すれば、破壊される前の構造を解明することが可能になります。
 

補足説明

[1] SACLA
理研と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、 2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。 大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。

[2] 非線形光学
光に対する応答がその強さに比例しない現象の総称。応答が光の強さの2乗(3乗)で強くなる場合、2次(3次)の非線形光学過程と呼ぶ。2光子吸収は3次の非線形光学過程の1つ。

[3] LCLS
米国スタンフォード線形加速器センター(現在のSLAC国立加速器研究所)で建設された世界で初めてのXFEL施設。Linac Coherent Light Sourceの頭文字をとってLCLSと呼ばれている。2009年12月から利用運転が開始された。

[4] X線と赤外線の和周波
X線と赤外線の2つの光子が合成されて、1つのX線光子が生成される2次の非線形光学過程の1種。

[5] L殻、K殻
原子は、電子がいくつかの層(電子殻)に分かれて、原子核を中心として回るような構造をしている。この電子殻は内側から順に、K殻、L殻…と呼ばれる。

[6] 2光子吸収断面積
2光子吸収が起きる時、光(X線)から見た“まと”の大きさ。大きいほど2光子吸収が起きやすい。

[7] 非線形ラマン散乱
照射した光が、物質内の励起エネルギー分、波長が長くなって散乱されるラマン効果を含む非線形光学過程。可視光領域では精密分光やイメージングなどに利用される。

[8] 光カー効果
光によって物質の屈折率が変化する効果。可視光領域では超高速シャッターとして用いられる。
 

論文情報

Kenji Tamasaku, Eiji Shigemasa, Yuichi Inubushi, Tetsuo Katayama, Kei Sawada, Hirokatsu Yumoto, Haruhiko Ohashi, Hidekazu Mimura, Makina Yabashi, Kazuto Yamauchi, Tetsuya Ishikawa. “X-ray two-photon absorption competing against single and sequential multi-photon processes”. Nature Photonics, 2014. doi:10.1038/NPHOTON.2014.10.
 

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