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2014/11/18

プレスリリース

有機半導体のドーピング効率を100%にできる「ドーピング増感効果」を発見 ― 高性能有機太陽電池や有機デバイス実現の基礎技術を確立 ― (平本グループ)

 分子科学研究所の平本昌宏教授、新村祐介CREST研究員の研究グループは、有機半導体に不純物を極微量加えるドーピングと呼ばれる操作の効率を100%にすることに成功しました。シリコンに代表される無機半導体は、ドーピングによって自由自在にn型化(電子が電気伝導を担う)、p型化(ホールが電気伝導を担う)することができ、その際、加えた不純物の個数に対する発生した電子の個数、すなわち、ドーピング効率は100%であることが知られています。一方、有機半導体のドーピング効率は10%以下で、仮に不純物を10個加えても、そのうちの1個にしか電子を発生させることができませんでした。
 研究グループは、有機半導体共蒸着膜においてドーピング効率が100%に達することを発見し、本現象を「ドーピング増感効果」と命名しました。これは、有機半導体においても、加えた不純物10個のすべてが電子を発生し、無機半導体と同じ効率100%でドーピングができるようになったことを意味しています。ドーピング増感効果は、高性能の有機太陽電池や有機デバイス作製の基盤となる技術です。
 本研究は、JSTのCREST(研究領域名「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」)の一環として行われ、アメリカ物理学協会の発行する応用物理学の専門誌『Applied Physics Letters』の11月7日付(オンライン版)に掲載されました。
 

研究の背景

 1つの半導体をドーピングのみでp型、n型にできることをpn制御といいます(注1)。無機半導体産業においては、pn制御によって種々の半導体接合を形成することによって、LSI(集積回路)、LED(発光ダイオード)に代表されるデバイスを自由自在に作製しています。しかし、有機半導体は無機半導体に比べて半世紀遅れており、有機半導体のpn制御は分子研平本グループによって2年前に確立されました。(分子研プレスリリース2012/9/7(発表者:平本グループ))。
 その後、研究グループは、有機半導体へのドーピングについて、詳細に研究を続けてきました。その結果、加えた不純物の分子(ドーパント)の個数に対する発生した電子の個数、すなわち、ドーピング効率は、有機半導体の場合、約10%であることが明らかになりました(注2)。これは、10個のドーパントが1個の電子しか発生させていないことを意味しており、かなり効率が低い結果でした。しかし、典型的な無機半導体のシリコンでは、室温でのドーピング効率は100%に達しており、10個のドーパントが10個の電子を発生させています。これに比べると、有機半導体へのドーピングは、効率が低く不利でした。
 今回、研究グループは、2つの有機半導体が混合された共蒸着膜に対するドーピングを研究するうちに、共蒸着膜ではドーピング効率が単独膜よりも大きくなる傾向に気づきました。詳細に検討した結果、今回の「ドーピング増感」を発見することができました。
 

研究の成果

 研究グループは、典型的な有機半導体として、フラーレン(C60)と無金属フタロシアニン(H2Pc)から成る共蒸着膜(C60:H2Pc)に、ドナー性ドーパント分子(Cs2CO3)をドーピングした系について、ケルビンバンドマッピング法(注3)によって発生した電子数を測定しました。
 図1に、ドーピング効率のCs2CO3ドーピング濃度依存性を示します。H2Pc単独膜(青)、C60単独膜(黄)の約10%に比べて、C60:H2Pc共蒸着膜(比率1:1)(赤)は、約50%と非常に増大しました。図2に、ドーピング効率の共蒸着膜中でのH2Pc比率依存性を示します。H2Pc比率99%までドーピング効率は増え続け、97%に達しました。このように、共蒸着膜にドーピングすることでドーピング効率が増大する、「ドーピング増感効果」が起こっていることが明白になりました。
 そこで、C60:H2Pc共蒸着膜を、C60とH2Pcから成る超格子と仮定した、電荷分離超格子モデルを考えました(図3)。H2Pc, C60へのCs2CO3ドーピングにおいては、ドナードーパント(Cs2CO3)は、H2Pc, C60双方に電子を与えることができ、両者をn型化します(図3左)。H2Pc, C60単独膜では、ドーピング効率は10%で、10個に1つのドナーがイオン化しています。ここで、C60:H2Pc共蒸着膜にドーピングした場合、青矢印で示したH2PcからC60への電子移動が引き続いて起こり、最終的にはすべてのドナー(Cs2CO3)がイオン化して、生じた電子はすべてC60側に移動して、ドーピング増感が引き起こされます(図3右)。なお、H2Pcはキャリア供給層として働いていることになるので、H2Pc比率が増えると、ドーピング効率も増えていくことになります(図2)。
 有機太陽電池においては、励起子を解離(イオン化)して光電流を発生させるためにH2PcからC60への電子移動(青矢印)を利用しています。(光電流増感)。今回のドーピング増感は、ドーパントをイオン化するために、全く同じ電子移動を利用しており、光電流増感のドーピング版と考えて良いと云えます。
 なお、アクセプタードーピングに関しても、同じドーピング増感現象を観測しており、これは、一般的に起こる現象であることを確認しております。
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図1 ドーピング効率とドナードーピング濃度との関係。

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図2 ドーピング効率とC60:H2Pc共蒸着膜のHPc比率との関係。

press141118_3.jpg図3 ドーピング増感を説明する超格子モデル。青矢印で示した電子移動がH2Pcのドーピング効率(イオン化率)を10%から100%まで引き上げる。
 

今後の展開

 ドーピング増感現象は予想外の発見でした。イオン化率増感を説明する電子移動モデルも、世界で初めての提案です。有機太陽電池の光電流を高効率で発生させるために、平本昌宏教授が1991年に提案した混合接合(バルクヘテロ接合)の、ドーピング版に相当する意味を持つと云えます。
 ドーピングによるpn制御技術は、半導体デバイスの設計・作製の基本であるため、今回、ドーピング効率100%を達成したことは、長期的に見れば、有機太陽電池のみならず、有機トランジスタ、有機LED等の有機デバイス一般に波及効果があります。将来、有機半導体エレクトロニクスという新しい分野・産業を創造できる基本技術になると考えられます。
 

用語解説

注1)ドーピングによるpn制御とイオン化率 
 シリコン半導体では、シリコン(Si)結晶中にリン(P)をドーピpress141118-4.jpg
ングすると、ドーパントであるPが母体のSiに電子を与えることで、n型化する。P+イオンのプラス電荷に弱く束縛された電子が自由な電子になる効率をイオン化率といい、ドーピング効率にほぼ等しい。Siでは、室温でほぼ100%である。
 今回の結果は、有機半導体中のCs2CO3ドーパントに束縛された電子が自由になる効率(イオン化率)を10%から100%に増大できたことを意味する。

注2)ドーピング効率が、有機半導体の場合、約10%であることは、Y. Shinmura et al., Appl. Phys. Express, 7, 071601 (2014)に報告されています。

注3)ケルビンバンドマッピング法
 金属電極とn型有機半導体を接合すると、下に凸のバンドの曲がりが形成される。本方法では、電位の有機半導体膜厚依存性からバンドの曲がりを直接描画し、曲がりの幅と大きさから直接生成した電子の数を求められる。
 

論文情報

掲載誌:Applied Physics Letters(アメリカ物理学協会の発行する応用物理学の専門誌)
論文タイトル:Ionization Sensitization of Doping in Co-deposited Organic Semiconductor Films
(有機半導体共蒸着膜のドーピングにおけるイオン化増感)
著者:Yusuke Shinmura, Yohei Yamashina, Toshihiko Kaji, Masahiro Hiramoto
掲載日:2014年11月7日(オンライン掲載)
 

研究グループ

 本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所(物質分子科学研究領域)の平本昌宏教授、新村祐介CREST研究員により行われました。
 

研究サポート

 本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)(研究領域名「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」、研究統括:山口真史(豊田工業大学大学院教授)、研究テーマ「有機太陽電池のためのバンドギャップサイエンス」(研究代表者:平本昌宏))の一環として行われました。
 

研究に関するお問い合わせ先

 平本 昌宏(ひらもと まさひろ)
 自然科学研究機構・分子科学研究所 物質分子科学研究領域 教授
 TEL/FAX: 0564- 59-5537 E-mail:hiramoto_at_ims.ac.jp

 

報道担当

 自然科学研究機構・分子科学研究所・広報室
 TEL/FAX  0564-55-7262  E-mail: kouhou_at_ims.ac.jp