分子科学研究所

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2012/09/07

プレスリリース

1種類の有機半導体による太陽電池の作製が、全ての有機半導体で可能になった! −フタロシアニン単独薄膜におけるpnホモ接合形成−(平本グループ)

[概要]

分子科学研究所の平本昌宏教授の研究グループは、有機半導体の代表であるフタロシアニンを、不純物を極微量加えるドーピングによって、自由自在にn型化(電子が電気伝導を担う)、および、p型化(ホール(正孔)が電気伝導を担う)することに成功しました。また、フタロシアニン単独薄膜におけるpnホモ接合有機太陽電池の試作にも成功しました。
 また、他の代表的有機半導体のほとんどについて、同様のpn制御ができる結果も得ました。これは、有機半導体エレクトロニクスを、pn制御を自在に行ってLSIなどをデバイス設計するシリコン無機半導体エレクトロニクスのレベルへと引き上げることになる成果です。

本研究は、JSTのCREST(研究領域名「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」)の一環として行われ、アメリカ物理学協会の発行する応用物理学の専門誌『AIP advances』の8月17日付(オンライン版)に掲載されました。

[研究の背景]

有機太陽電池は、非常に低コスト、軽く、フレキシブルという特性があります。生活にとけこんだ多彩なカラー・デザインの有機太陽電池シートが2年程度で商品化され、屋根、壁、窓、自動車、ありとあらゆる場所に簡単に印刷・貼付け・ラッピング・塗布して、身近な社会全体に普及することが期待されています。この全く新しい、有機材料に特有の長所をもった太陽電池は、エネルギー問題解決の一翼を担うべく、次世代の太陽電池として産業的な応用が進みつつあります。
実用化されている無機シリコン太陽電池では、すでに確立された半導体の科学に基づいて、望みの性能のセル(太陽電池)を作製できます。しかし、有機太陽電池については、有機半導体の基礎科学のレベルが全く不十分です。

本グループは、すでに、フラーレン(C60)のpn制御(注1)pnホモ接合(注2)太陽電池作製に成功しています(分子研プレスリリース2011年3月1日分子研研究成果2011年10月4日)。今回のフタロシアニンは、これまでp型しか示さないとされてきた有機半導体の代表です。一方、C60はこれまでn型しか示さないとされてきた有機半導体の代表です。その両方について、p型、n型を自由にコントロールできることを示した今回の結果は、すべての有機半導体について、シリコンで日常的に行われているような、ドーピングによるpn制御、pnホモ接合太陽電池が作製できることを意味しています。

[研究の成果]

研究グループの、新村祐介CREST研究員は、メタルフリーフタロシアニン(H2Pc)にドーピングをすることでpn制御およびpnホモ接合の形成に成功しました。
 従来、フタロシアニンのp型性は、空気からの酸素分子がアクセプターになることで発現するとされており、今回、フェルミレベル(注3)、セル特性の測定は、酸素、水ともに0.5 ppm以下にした、まったく酸素に触れさせない条件で行いました。
 ドーピングは、2つの化合物を同時に蒸着する共蒸着法により行い、ドナー性のドーピング剤として炭酸セシウム(Cs2CO3)、アクセプター性のドーピング剤として酸化モリブデン(MoO3)を用いました。ドーピングした際のフェルミレベルをケルビン振動容量法(注4)により測定しました。
 ドーピングしていないフタロシアニン(H2Pc)のフェルミレベルは4.4 eVであり、価電子帯と伝導帯のほぼ中央に位置し、絶縁性であることを示しています。ドナー性ドーピング剤である炭酸セシウム(Cs2CO3)は、そのエネルギーが3.0 eV と浅い位置にあるため、より深い位置にあるフタロシアニンの伝導体 (3.5 eV)に電子を与える(還元する)ことができます。そこで、フタロシアニン(H2Pc)に炭酸セシウム(Cs2CO3)を0.5%(5000 ppm)ドーピングすると、フェルミレベルは3.8 eVまでマイナスシフトし、伝導帯に近づきました。すなわち、n型化していることが分かりました(図1)。

また、アクセプター性ドーピング剤である酸化モリブデン(MoO3)は、6.7 eVと深い位置のエネルギーをもつため、より浅い位置にあるフタロシアニン(H2Pc)の価電子帯(5.1eV)から電子を引き抜く(酸化する)ことができます。そこで、フタロシアニン(H2Pc)に酸化モリブデン(MoO3)を0.5%(5000 ppm)ドーピングすると、フェルミレベルは4.9 eVまでプラスシフトし、価電子帯に近づきました。すなわち、p型化していることが分かりました(図1)。

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図1 炭酸セシウム(Cs2CO3)と酸化モリブデン(MoO3)をドーピングしたフタロシアニン(H2Pc)のフェルミレベルの変化。ドープなしの場合は、バンドギャップ中央(4.4 eV)にあり、絶縁性であることを示している。Cs2CO3ドーピングすると、3.8 eVまでマイナスシフトして伝導帯に近づき、n型化する。MoO3ドーピングすると、4.9 eVまでプラスシフトして価電子帯に近づき、p型化する。これは、フタロシアニンの完全なpn制御ができたことを意味する。

さらに、図2の、3種のセルを作製し、太陽電池の特性からも検証してみました。すると、図2(a)の、Cs2CO3ドーピングした単独膜セルは、MoO3電極との界面で光電流が発生していることが分かりました(赤で囲んだ部分)。図2(b)の、MoO3ドーピングした単独膜セルは、Ag電極との界面で光電流を発生していることが分かりました(赤で囲んだ部分)。図2(c)の、ホモ接合セルは、セルの中央で光電流が発生していることが分かりました(赤で囲んだ部分)。

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図2 作製したセルの構造。(a) 炭酸セシウム(Cs2CO3)をドーピングしたフタロシアニンの単独膜セル。(b) 酸化モリブデン(MoO3)をドーピングしたフタロシアニンの単独膜セル。(c) 炭酸セシウム(Cs2CO3)ドーピング層と酸化モリブデン(MoO3)ドーピング層を積層したホモ接合セル。光電流が発生する赤線で囲んだ界面がセルによって異なることが分かる。

[今後の展開及びこの研究の社会的意義]

今回の結果は、原理的に、すべての有機半導体について、シリコンのような無機半導体で日常的に行われているような、ドーピングによるpn制御、単独薄膜によるpn接合太陽電池が作製できることを意味しています。これは、今後、有機半導体エレクトロニクスが無機半導体エレクトロニクスなみに発展するための、基礎的で必要不可欠な技術です。

 有機太陽電池においては、今回のドーピング技術によりpn制御を行うことで、より自由でフレキシブルなセル設計が可能となっていきます。今後、ドーピング濃度等のコントロールによって最適のセル設計が自由自在に行えるようになります。また、有機太陽電池は、今回のフラーレンとフタロシアニンに代表される、2種の有機半導体を共蒸着によって混合したバルクヘテロ層を用いないと、実用的な光電流が発生しないため、今回のpn接合技術を共蒸着膜に直接適用し、実用化レベルの10-15%の光電変換効率を実現していく予定です。

用語解説

注1) ドーピングによるpn制御
無機系(シリコン)半導体では、シリコンSi結晶中にリンPがドープされたn型半導体と、シリコンSi結晶中にホウ素Bがドープされたp型半導体のpn制御ができる。

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有機半導体でも、有機半導体分子間に適切なドーピング剤を導入することにより、n型とp型の制御ができるのではないかという発想が、今回の成果につながった。

注2)pnホモ接合
p型とn型の同じ有機半導体(ここでは、フタロシアニン)を積層したときにできる接合。同一の有機半導体を使っているので「ホモ」と呼ぶ。シリコン太陽電池では、このpn接合が使われている。

注3) フェルミレベル
半導体個体中の電子の持つエネルギーのこと。n型とp型半導体では、フェルミレベルに差があり、その差が太陽電池の電圧として現れる。EFと書く。ケルビン容量測定によってフェルミレベル(EF)を直接測定できる。

注4) ケルビン振動容量法
サンプルと金属電極でコンデンサを形成して、電位差を計測することで、サンプルのフェルミレベルを直接求めることができる。

論文情報

掲載誌:AIP advances(アメリカ物理学協会の発行する応用物理学の専門誌)

論文タイトル:pn-control and pn-homojunction formation of metal-free phthalocyanine by doping

(ドーピングによるメタルフリーフタロシアニンのpn制御およびpnホモ接合形成)

著者:Yusuke Shinmura, Masayuki Kubo, Norihiro Ishiyama, Toshihiko Kaji, Masahiro Hiramoto

掲載日:2012年8月17日(オンライン掲載)

研究グループ

本研究は、自然科学研究機構分子科学研究所(分子スケールナノサイエンスセンター)の平本昌宏教授、嘉治寿彦助教、新村祐介CREST研究員、久保雅之CREST研究員、石山仁大総研大博士課程学生により行われました。

研究サポート

本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)(研究領域名「太陽光を利用した独創的クリーンエネルギー生成技術の創出」、研究統括:山口真史(豊田工業大学大学院教授))の一環として行われました。

研究グループ

平本 昌宏(ひらもと まさひろ)
自然科学研究機構 分子科学研究所 分子スケールナノサイエンスセンター 教授
TEL/FAX: 0564- 59-5537 E-mail:hiramoto(at)ims.ac.jp