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金属微粒子触媒の構造、電子状態、反応: 複雑・複合系理論化学の最前線

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はじめに

金属微粒子触媒は、環境浄化触媒や化成品合成触媒など様々な分野で活用されており、基礎科学的な興味だけでなく、産業における重要性も高い。しかしながら、これらの触媒系は一般に
複雑であり、その開発にはこれまで理論化学があまり貢献できていなかった分野でもある。平成24年度より、触媒・電池の元素戦略プロジェクトが開始した。触媒の研究開発では、ターゲットは自動車触媒であり、金属酸化物に担持された金属微粒子触媒が主役である。理論研究においては、担体と微粒子の界面の現象を如何にモデル化するか、強相関系の複雑な電子状態や化学反応をどのように記述するかなどチャレンジングな課題がある。さらに、理論化学の役割は、触媒反応のメカニズムを解明するだけでなく、触媒作用に重要なコンセプトや化学指標を提案して実験にフィードバックし、触媒開発に貢献することにある。本稿では、金属微粒子触媒の研究例として、最近の我々の研究から、高分子や金属酸化物に担持された金属微粒子触媒の触媒作用に関する研究を紹介したい。
 

高分子で安定化された合金微粒子触媒

金属微粒子を生成する方法として、高分子によって微粒子を安定化させる手法がある[1]。金属微粒子はバルクと異なる特異な反応性を示すが、合金微粒子を用いることによって、より多彩な反応場を設計することができる。最近、金・パラジウム(Au/Pd)合金ナノ粒子が室温で(1)式の反応を示すことを見出した[2]。この反応は合金微粒子でのみで進行し、金やパラジウムの微粒子や、それらの物理的混合では進行しない。また、塩化物では進行するが、臭化物やヨウ化物では収率が減少するか、または反応しない。このように本反応は、安価な基質を利用でき、温和な条件下で進行するなどの長所があり、合金効果の観点からも興味深い。

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(1)式

まず金属種の特性を決めている要因を電子状態理論によって検討したところ、塩化ベンゼンの酸化的付加が鍵であることが分かった[2]。Au/Pd 合金微粒子では、C-Cl 結合活性化がスムースに進行する。一方、Au 微粒子では活性化エネルギーが高く、室温における反応は困難であり、Pd 微粒子では極めて安定な中間体が生成するなど不利な点がある。

合金微粒子には様々な幾何構造が存在し、それに応じたスピン状態が存在する。Au/Pd 合金クラスターの安定な構造とスピン状態を、遺伝的アルゴリズムと密度汎関数理論(DFT)を用いて検討した[3]。Au10 Pd10 のような比較的小さなクラスターにおいても、多くの安定な構造とスピン状態が存在する。また、反応においても様々な状態が近接または交差しており、内部転換や系間交差を経由している可能性が示唆された(図1)。さらに、反応が効率的に進行する経路は必ずしも最安定状態ではなく、反応に有利な経路がある結果が得られた。このことは、金クラスターによる水素活性化においても見出されている[4]

 

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図1 Au/Pd ナノ粒子における塩化ベンゼンの酸化的付加のエネルギー図
( ナノ粒子の構造は活性点のみを表示)

 

実際の反応系では、Au/Pd 合金微粒子は高分子(ポリビニルピロリドン、PVP など)によって安定化されている。その熱力学的な側面も興味深いが、ここでは触媒作用に重要な影響をもつPVP の電子供与の効果についてみてみる。PVP4 分子を微粒子に吸着させたモデルを用いた理論計算から、PVP は微粒子に電子を供与し、活性化エネルギーを下げる効果があることが分かる(図2)。実際には、高分子中のPVP のユニットが配位して微粒子を安定化し、空いているサイトやPVP が脱着したサイトに基質が酸化的付加をして反応が進行することになる。

合金微粒子のどのサイトで反応が進行するかは、微粒子触媒で重要な点である。Au/Pd 合金微粒子は、実験ではコア・シェル構造も観測されているが、本反応ではAu:Pd=1:1 の組成比の場合に活性が高く、この組成比ではAu 原子とPd 原子がともに表面に存在していることが想定される。図3 に示す幾つかのモデルで検討したところ、Au サイトでは活性化エネルギーが高く、Pd サイトおよびPd-Pd サイトでは低いことが分かる。また、Au18 Pd2 ではコア・シェル構造のモデルができるが、Pd コアの効果は十分ではない。これらのことから、本反応ではPd サイトが活性点として重要な役割を担っていると考えられる。

71-3.jpg図2 周囲の高分子(PVP)の効果:電子供与によって活性化エネルギーが下がる。
 

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図3 反応のサイト依存性:Pd サイトやPd-Pd サイトが活性点となる。

このように、金・パラジウム合金の微粒子触媒では、合金効果、微粒子化の効果、環境場の効果が触媒活性の鍵であり、極めて繊細なエネルギーによって反応が制御されていることが分かる。これらの知見から、高分子担持微粒子触媒では、合金の種類や組成、粒子径、高分子を改変する事によって、触媒反応の可能性が広がることが期待できる。
 

アルミナに担持された銀微粒子による水素活性化

金属酸化物に担持した微粒子触媒は広く利用されているが、その触媒活性には、微粒子と表面のヘテロ接合部が重要な役割を持つと考えられる。銀はバルクでは酸化触媒として知られるが、銀がナノ粒子化し、金属酸化物表面と相互作用することによって表面エネルギーが増加し、水素活性化が起こる。最近、銀微粒子をアルミナ表面に担持することによって、(2) 式で示されるニトロ基の選択的水素化が進行することが、清水・薩摩らによって見出された[5]
71-5.jpg(2)式

本反応では、基質にC=C、C=O、 C≡N 等が含まれていても水素化されず、ニトロ基のみをアミノ基に選択的に水素化する。また銀微粒子のサイズ効果も観測されており、銀微粒子の量子効果、担体・界面の協同作用が重要と考えられる。本反応では水素の同位体効果が観測されており、水素解離が律速段階であることが見出されている。しかし、水素活性化のメカニズムはこれまで理解されていなかった。

そこで、周期的境界条件に基づくDFT 法を用いた研究を行った[6]。アルミナに担持した銀微粒子のモデルとして、Ag13 /θ-Al2 O3 を採用した(図4)。このモデルで計算した銀の配位数やAg-Ag 距離は、EXAFS で観測された実験値をよく再現した。状態密度の解析から、銀クラスターのdバンドのエネルギーは、銀表面と比較してフェルミレベル側に近づく結果が得られた。これは銀ナノ粒子がアルミナ表面と相互作用することによって触媒活性が高まったことを示している。このように触媒活性には、銀クラスターの粒子サイズとアルミナ表面の効果が重要であると言える。

水素の解離吸着を様々なサイトで検討したところ、解離吸着エネルギーは接合界面(dual perimeter サイト)で大きく、金属微粒子上(non-perimeter サイト)では小さいことが分かった(図5)。また、dual perimeter サイトでは活性化エネルギーは極めて小さく、水素はヘテロリティックに解離(Ag-Hδ -、O-Hδ +)する結果が得られた。これらの結果から、銀ナノ粒子とルイス酸・塩基ペアサイトの協同作用が重要であることが分かった。さらに、吸着エネルギーとd-バンド中心のエネルギーには相関がある結果が得られた。

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図4 Ag/θ -Al2O3 の理論計算モデル

71-7.jpg図5 水素の解離吸着エネルギーおよび解離吸着構造

周期境界DFT 計算によって、アルミナに担持した銀ナノ粒子の水素活性化のメカニズムを明らかにした。銀微粒子と担体のルイス酸・塩基ペアサイトの協同作用が重要であること、吸着エネルギーとd-バンド中心には相関があること、接合界面(dual perimeter site)において水素はヘテロリティックに解離し、ヒドロキシル化されていない界面が重要であることなどを示すことができた。これらの知見や指標は、担持微粒子触媒の開発に有用であり、より一般的なコンセプトに繋げたいと考えている。
 

今後の展望

金属微粒子触媒は学術的にも産業的にも重要であり、そこでは複雑・複合系の理論研究が期待されている。触媒システムは大規模系であるが、微細なエネルギーによって制御されており、
正確な理論計算プロトコルが求められている。現在、DFT 法が多く用いられるが、システムは強相関系であり、大規模系の電子相関理論の開発や方法論の検証[7] も重要である。また、触媒は様々な環境下で動作しており、温度や酸素分圧などを考慮することも重要と考えられる。現在、アンカー効果や合金効果に注目した研究を進めているが、複雑・複合系の理論化学を深化させ、触媒作用のコンセプトや化学指標を提案し、触媒開発に貢献したいと考えている。

ここで紹介した研究は、主に櫻井英博教授(阪大)、清水研一准教授(北大)、森川良忠教授(阪大)との共同研究であり、理論計算はB. Boekfa 博士、P. Hirunsit 博士が実施してくれた成果である。またここでは紹介できなかったが、我々の研究室の重要な研究として、励起状態理論と内殻電子過程の研究がある。これらの研究では福田良一助教、田代基慶特任助教(現在、計算科学研究機構)が活躍してくれた。その他、多くの共同研究者の方々にこの場をおかりして深く感謝したい。また、これらの研究は、触媒・電池の元素戦略プロジェクト、分子研協力研究、ナノプラットフォーム協力研究などの助成によるものである。
 

参考文献

[1] H. Tsunoyama, H. Sakurai, Y. Negishi, and T. Tsukuda: J. Am. Chem. Soc. 127 (2005) 9374-9375.
[2] R.N. Dhital, C. Kamonsatikul, E. Somsook, K. Bobuatong, M. Ehara, S. Karanjit, and H. Sakurai: J. Am. Chem. Soc. 134 (2012) 20250-20253.
[3] B. Boekfa, E. Pahl, N. Gaston, H. Sakurai, J. Limtrakul, and M. Ehara: J. Phys. Chem. C. 118 (2014) 22188-22196.
[4] H. Gao, A. Lyalin, S. Maeda, and T. Taketugu: J. Chem. Theory Comput. 10 (2014) 1623-1630.
[5] K. Shimizu, Y. Miyamoto, and A. Satuma: J. Catal., 270 (2010) 86-94.
[6] P. Hirunsit, K. Shimizu, R. Fukuda, S. Namuangruk, Y. Morikawa, and M. Ehara: J. Phys. Chem. C. 118 (2014) 7996-8006.
[7] J.A. Hansen, M. Ehara, and P. Piecuch: J. Phys. Chem. A 117 (2013) 10416-10427.