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光電場波形の計測

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はじめに

光が波の性質を持つということは、高校物理の教科書に書いてあるような、基本的なことである。しかし、その光の波が振動する様子を観測することは、最先端の技術を使っても、容易ではない。光の振動周期は、1−2 フェムト秒(10−15 s)のオーダーであり、それを直接計測するためには、アト秒パルス(10−18 s)が必要だと考えられていた。

2004年に、マックスプランク量子光学研究所において、アト秒パルスを使った光電場計測が初めて行われた。この手法は、アト秒ストリーク法[1] と呼ばれ、現在では、アト秒科学の研究において広く用いられている手法であるが、超短光パルスの評価法としては、大掛かりすぎると言える。例えば、アト秒パルス発生のために、高強度数サイクルパルスや高真空装置などが必要となる。また、アト秒ストリーク法では、単一ショット計測や自己参照が不可能であり、計測できる光パルスに対する制限は厳しい。

2010年からスタートした分子研の藤グループでは、2–20µm まで帯域の広がった超広帯域コヒーレント中赤外光発生の実験に成功し、それを分光に応用することで、様々な成果を上げてきた[2–5]。そうした実験において、中赤外光パルスを評価する必要があるが、そのときに、評価対象の光パルスの電場振動を計測する新しい方法を発見した。本稿では、その光電場波形計測手法について、簡単に紹介する。

 

光電場波形計測法の概念

本手法の概念を一言で説明するならば、周波数分解光ゲート法(frequency-resolved optical gating, FROG)[7]と電気光学サンプリング法(electro-optic sampling, EOS)[8] の計測を同時に行うということである。FROG は、超短光パルスのパルス幅を評価する手法であり、EOS は、テラヘルツ波の電場波形を計測する手法として、それぞれ広く利用されているが、これまで、それらの手法の関係が議論されたことはなかった。藤グループにおいて、中赤外光パルスのパルス幅を、FROG によって測定しているときに、その光学系を少し変更するだけで、EOS の信号も同時に計測できることを見出した。さらに、理論的な考察を進めることによって、FROG とEOS の信号を同時に測定すれば、計測対象の電場の周期よりも長い参照光パルスを用いても、光パルスの電場波形を測定できることがわかった。つまり、アト秒パルスがなくても、光電場波形の計測が可能だということである。また、このことは、自己参照、つまり、計測対象光そのものを使って、光電場の計測が可能であることを示唆しており、光科学において画期的な発見となった。アト秒ストリーク法と、藤グループで開発された光電場計測法の概念を比較した図を図1 に示す。

 

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図1 アト秒ストリーク法と藤グループで開発された光電場計測法を比較した図。(a) アト秒
ストリーク法の概念図。計測対象パルスと参照光パルスであるアト秒パルスとの光演算の信号を、遅延時間を掃引しながら測定し、光電場の計測を行う。計測対象の光パルスと別に、アト秒パルスを用意する必要がある。(b) 藤グループで開発された光電場波形計測技術の概念図。計測対象の光パルスそのものを使って、光電場の計測を行うことができる。

 

実験結果

本手法による光電場波形測定実験の一例を示す。本実験では、計測対象の光は、7 fsの中赤外光パルスである。この赤外光パルス発生も、藤グループで開発した独自の方法を用いている。詳細は、参考文献[9–11] を参照されたい。中赤外光パルスの中心波長は3.3 μmである。実験装置図を図2 に示す。この装置自身は、気体を使ったEOS(air-biased coherent detection[12])の装置とほぼ同じである。違いは、FROG の信号を測定するために、非線形相互作用の信号のスペクトルも同時に測定しているところである。

計測対象の中赤外光パルス(Etest(t))は、参照光パルス(Eref (t−τ)、パルス幅: 30 fs、中心波長: 800 nm)と空間的に重ねあわされて、窒素ガス中に集光される。τ は参照光パルス と中赤外光パルスの遅延時間である。2 つのパルスの時間的な重なりに応じて、可視光の光が発生する。これは、四光波差周波混合と呼ばれる非線形光学過程であり、発生する可視光電場は、E2ref (t-τ)E*test(t) に比例する。2 つのパルスの遅延時間τ を掃引しながら、この信号を測定すれば、中赤外光パルスと参照光パルスの相関に関する情報が得られ、それから、パルス幅を求めることができる。FROG 法では、さらにこの信号を周波数分解することで、より精密にパルスを評価することができる。FROG の信号だけでなく、EOS の信号も測定するために、参照光パルスの二倍波を同時に発生させる必要がある。ここでは、窒素ガスに高電圧電場(約27 kV/mm)をかけることで、参照光パルスの二倍波E2ref (t-τ)を発生させている。

四光波差周波混合光(E2ref (t-τ)E*test (t))と二倍波(E2ref (t-τ))はほぼ同軸に発生し、重なりあった光電場は、次のように表すことができる。
 

〈|E2ref(t−τ)+αE2ref(t−τ) E*test(t)|2
=〈|E2ref(t−τ)|2 〉+〈|α|2 |E2ref(t−τ)E*test(t)|2
+〈2ℜ{αE*2ref(t−τ)E2ref(t−τ)E*test(t)}〉 (1)
 

αは四光波差周波混合の非線形係数であり、ここでは、実定数とみなすことができる。最初の項は、遅延時間に依存しない項であり、ここでは重要ではない。第二項は、計測対象光と参照
光の相互相関信号であり、これをスペクトル分解して測定すれば、相互相関FROG の信号となる。第三項は、EOSの信号であり、局所電場( ここでは二倍波)と四光波差周波混合光との干渉である。通常のEOS においては、この第三項のみが計測される。

参照光パルスが計測対象の光電場の周期よりも十分短ければ、|Eref (t)|2をデルタ関数とみなすことができ、第三項は、ℜ {Etest(τ)} に比例するので、電場の時間波形そのものが測定されることがわかる。

ここで、式(1) の第二項と第三項を同時に分離して測定することができれば、|Eref (t)|2がデルタ関数でなくとも、電場そのものの情報が得られる。参照光パルスが十分短くない場合は、EOS の信号は、低い周波数付近しか信頼できないが、その周波数領域においては、正確な位相の情報をもっている。その位相に、FROG で得られた位相をつなげれば、計測対象パルスの全周波数領域について、絶対値も含めた位相の情報が得られるということである。FROGとEOS の信号は、それぞれ独立して計測されるが、測定対象のパルスは同じであり、測定される位相も同じであることを利用した計測法である。

図3a–c に実験結果の一例を示す。図3a は、分光器で計測した FROGの信号であり、式(1) の第二項に対応している。図3b 中破線は、光電子増倍管で計測した EOSの信号であり、式 (1)の第三項に対応している。これらの情報を使った光電場波形の再現方法は、次の通りである。

(i) 信号光のパワースペクトル(図3c中斜線)と(相対)位相スペクトル(図3c 中破線)をFROG トレース(図3a)からFROG アルゴリズムを使って再現する。この段階では、位相スペクトルのオフセットを決めることはできない。(ii)EOS の信号(図3b 中破線)をフーリエ変換することによって、パワースペクトル(図3c中点)と位相スペクトル(図3c中四角)を計算する。(iii) FROGによって得られた位相スペクトルのオフセットを、EOS の信号から得られた位相スペクトルに合わせる(図3c 中赤丸)。(iv)オフセットが修正された位相スペクトルと、FROG から得られたパワースペクトルを使った逆フーリエ変換によって、電場波形の完全な形を再現する。

このようにして再現された電場波形は、図3b 中の実線で示してある。パルス幅は、6.9 fs であり、中心波長は3.3 μm である。3.3 μm における位相は−0.51πと求められた。

EOS の信号から得られたスペクトルは、参照光パルス強度|E2ref (t)|2 のフーリエ変換で表される関数(図3c 中実線)によって、フィルタされた結果である。よって、30 fs の参照光パルスで、EOS だけによる波形計測を行った場合は、計測できる波長は6.7 μm(1500 cm−1)までとなる。FROGの信号も同時に測定することによって、この実験では、1.7 μm(6000 cm−1)の成分についても、強度、位相とも求めることができた。この手法では、計測できる波長の下限(周波数の上限)は、FROGで計測できる限界と同じである。

ここで、計測対象パルスの位相を変えることによって、計測されるパルスの位相が変化する様子を確認した。この実験において、計測対象パルスの位相を πずらした状態で測定した結果を図 3d–f に示す。計測結果から、パルス幅は変わらないが、位相だけがπずれ、光電場が反転する様子が確認された。これによって、この手法は確かに計測対象のパルスのCEP の変化に対して敏感な測定であることが確認された。

 

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図2 実験装置図。MH: 穴あきミラー (Ø =7 mm)、OP: 放物面鏡 (f =150 mm)、HV: 高電圧電極(4 kV)、BS: 7% ビームスプリッタ、P: 方解石偏光子、PMT: 光電子増倍管

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図3 実験で測定された(a)FROGトレースと(b)EOS信号(破線)。実線はこの結果から得られた電場波形。(c) 斜線と破線はそれぞれFROG から得られたパワースペクトルと位相スペクトル。実丸は、位相スペクトルのオフセットを、EOS の信号からもとめて、補正したもの。
エラーバーは、標準偏差であり、ブートストラップ法によって見積もった。点と四角はそれぞれEOS の信号からもとめたパワースペクトルと位相スペクトルである。実線は、|E2ref (t)|2 のフーリエ変換で表されるEOS 信号のフィルタ関数である。FROG error は512× 512 のサイズで0.3% であった。

 

結論

ここで紹介した実験の他にも、数値計算シミュレーションによる自己参照FROG-CEP の考察、単一ショットの光学系による実験や、大きく変形したパルスの測定なども行うことができた。また、四光波混合過程で発生する光電場の位相について、新しい知見を得ることができた。詳細は参考文献[13-17]を参照されたい。

FROG-CEPの柔軟性から、将来、様々な応用が考えられる。特に、参照光パルスを用意することが難しく、ショットごとに位相の異なったパルスについて、波形の評価を行うことができるので、例えば、自由電子レーザーから発生するパルスの波形評価に向いていると言える。逆に言えば、現在では、そのようなパルスについて、波形の評価が可能な唯一の手法と言える。今後は、自己参照の実験および、単一ショットでの自己参照FROG-CEP の実現をめざして、開発を進めていきたいと考えている。

 

参考文献

[1] E. Goulielmakis, M. Uiberacker, R. Kienberger, A. Baltuska, V. Yakovlev, A. Scrinzi, T. Westerwalbesloh, U. Kleineberg, U. Heinzmann, M. Drescher and F. Krausz, “Direct measurement of light waves,” Science 305, 1267–1269 (2004).
[2] T. Fuji, H. Shirai and Y. Nomura, “Ultrabroadband mid-infrared spectroscopy with four-wave difference frequency generation,” J. Opt. 17, 094004 (2015).
[3] H. Shirai, T.-T. Yeh, Y. Nomura, C.-W. Luo and T. Fuji, “Ultrabroadband midinfrared pump-probe spectroscopy using chirped-pulse up-conversion in gases,” Phys. Rev. Appl. 3, 051002 (2015).
[4] H. Shirai, C. Duchesne, Y. Furutani and T. Fuji, “Attenuated total reflectance spectroscopy with chirped-pulse upconversion,” Opt. Express 22, 29611– 29616 (2014).
[5] Y. Nomura, Y. T. Wang, T. Kozai, H. Shirai, A. Yabushita, C. W. Luo, S. Nakanishi and T. Fuji, “Single-shot detection of mid-infrared spectra by chirped-pulse upconversion with four-wave difference frequency generation in gases,” Opt. Express 21, 18249–18254 (2013).
[6] D. J. Kane and R. Trebino, “Single-shot measurement of the intensity and phase of an arbitray ultrashort pulse by using frequency-resolved optical gating,” Opt. Lett. 18, 823–825 (1993).
[7] Q. Wu and X.-C. Zhang, “Free-space electrooptic sampling of teraherz beams,” Appl. Phys. Lett. 67, 3523–3525 (1995).
[8] T. Fuji and T. Suzuki, “Generation of sub-two-cycle mid-infrared pulses by four-wave mixing through filamentation in air,” Opt. Lett. 32, 3330–3332 (2007).
[9] Y. Nomura, H. Shirai, K. Ishii, N. Tsurumachi, A. A. Voronin, A. M. Zheltikov and T. Fuji, “Phase-stable sub-cycle mid-infrared conical emission from filamentation in gases,” Opt. Express 20, 24741–24747 (2012).
[10] T. Fuji and Y. Nomura, “Generation of phase-stable sub-cycle mid-infrared pulses from filamentation in nitrogen,” Appl. Sci. 3, 122–138 (2013).
[11] N. Karpowicz, J. Dai, X. Lu, Y. Chen, M. Yamaguchi, H. Zhao, X.-C. Zhang, L. Zhang, C. Zhang, M. Price-Gallagher, C. Fletcher, O. Mamer, A. Lesimple and K. Johnson, “Coherent heterodyne time-domain spectrometry covering the entire “terahertz gap”,” Appl. Phys. Lett. 92, 011131 (2008).
[12] Y. Nomura, H. Shirai and T. Fuji, “Frequency-resolved optical gating capable of carrier-envelope phase determination,” Nat. Commun. 4, 2820 (2013).
[13] H. Shirai, Y. Nomura and T. Fuji, “Real-time waveform characterization by using frequency-resolved optical gating capable of carrier-envelope phase determination,” IEEE Photon. J. 6, 3300212 (2014).
[14] Y. Nomura, Y.-T. Wang, A. Yabushita, C.-W. Luo and T. Fuji, “Controlling the carrier-envelope phase of single-cycle mid-infrared pulses with two-color filamentation,” Opt. Lett. 40, 423–426 (2015).
[15] T. Fuji, Y. Nomura and H. Shirai, “Generation and characterization of phase-stable sub-single-cycle pulses at 3000 cm–1 ,” IEEE J. Sel. Top. Quantum Electron. 21, 8700612 (2015).