研究・研究者
研究者インタビュー|南谷 英美 准教授
Researcher interview 2020. 06
今回の研究者インタビューでは、理論・計算分子科学研究領域の南谷英美准教授にお話を伺います。南谷先生は固体物理学分野の理論研究をされています。固体物理は量子論に基づく基礎科学ですが、一方で、子どもが大好きな磁石や、これからの社会を担う超伝導のような、科学の中でも特に魔法のような現象を解き明かし、作り出す、応用に直結した分野でもあります。それでは本日はよろしくお願いいたします。
※南谷准教授のプロフィールはこちらをご覧ください。
――研究者を志した理由や、きっかけを教えてください。
子どもの頃から身近に研究者がいたので、研究することをあまり特別な仕事だと思っていませんでした。私も、小さいころから、なんとなく研究者になれるといいなとは思っていました。恐竜が格好よくて古生物学とか、あるいは宇宙とか、いかにも子どもが好きそうなものに興味を持っていました。中学生ぐらいから、昔の人の思想や、神話体系に触れて、なぜ人はこんなことを思いついたのだろうと、文系分野に興味が及びました。それで将来は文系の研究をしようと思っていました。高校で文系研究者は理系よりすごく狭き門だと感じ、研究者になるなら理系の方がチャンスは多いと思ったので、大学は理系に進みました。
――まず研究者を目指して、それから分野を選択された感じでしょうか。
はい。私は、なぜ人はこういう考えに至るのだろう、ということに興味があったんですが、それは文系も理系も共通です。今の理論物理の研究は、なぜそのような発想にいたるのか、なぜそのような現象になるのかを、延々と考える仕事なので、元々の興味には沿っていると思います。身内には理系と文系両方の研究者が居たので、影響を受ける都度、興味の対象は振れていました。いろいろな外乱を受けながら、今の理論物理の方向に進んで行ったのかなと思っています。
――では、もし研究者にならなかったら、どのようなお仕事をされていたと思いますか。
研究者以外の進路を考えたことは、実は何回もあったんですよ。ただ、私は定時に何かをやる、というのが、すごく苦手なタイプなのと、子供の頃から身近にあまり会社員が居なかったので、会社に勤めるイメージは全然できなかったですね。家でもできるフリーランスの仕事が良いなと考え、資格を取るか、プログラマーになるかと思っていました。修士課程の頃は、社会保険労務士資格について勉強してみたり。基本的に仕事を自分でコントロールしたいという気持ちがとても強かったです。研究者は、自分のやりたいように仕事を進めることが多いので、なれてよかったと思います。テーマ選択も基本は自由ですし。
――そのテーマ選択についてですが、現在の先生の分野である、固体物理の理論研究に進まれたきっかけや理由はどのようなものでしょうか。
大学2年で生物、化学、物理への、進路の振り分けがありました。それぞれについて調べたら、生物と化学は実験がすごく大変そうだったんですよ。私はあまり実験が得意じゃなかったので、まず生物と化学は無理だと思いました。そして消去法で、と言ったら変ですが、物理にしました。その後、授業を受けてみて、量子力学と、固体物性が、本当に全然得体が知れんなあ~、と思いました。得体の知れないことって興味を持つじゃないですか。4年生で、配属される研究室を選びますが、理論なら少々不器用でも何も壊れないだろうし、得体の知れないものを、ちょっとでも理解できそうだったので、理論に進もうと思いました。
――消去法で理論系に進まれるのは、常人にできることではないような気がしますが。
確かに、「好きなことをしなさい」のほうが一般的ですね。私は、その方法だと「そもそも私が何かを好きとはどういうことか」なんて、いらんことを考えがちなので、直感的、生理的に無理なものをガバッと排除して、残った方向に行く方がやりやすいと思いました。残ったものの中で、取り敢えず手を付けてみて、気が向く方向を見つけて、進んでいこうと思いました。
――専門を決められたのはいつごろでしょうか。固体物理でも表面を中心に研究されていますね。
表面は、大学で配属された研究室の笠井秀明先生が「表面は面白いんだ!」と強調されていました。そこに5年以上いたら確かにそう思うようになりました。笠井研究室は理論のみの研究室で、実験は一切しません。でも理論と言っても、計算機を駆使するタイプから、紙と鉛筆だけで進んでいくタイプまで、いろいろあるんです。私も今はいろいろやっていますよ。
――固体物理、あるいは物性物理の理論研究は、一般の方からみて、理科系のなかでも特にイメージの湧かない分野ではないかと思います。でも日本の産業構造から考えても、とても大事で、多くの優秀な若手研究者に来てほしい分野でもあると思います。そこで、先生の分野の魅力を一般の方に向けて語っていただけませんでしょうか。
私は元々、思想体系や、その着想に至った経緯などに興味を持つ人間なので、こういう理論があって、また別の所にこういう話があって、その二つはこういう話でつながっているんです、というような、思いがけないつながりを見たり聞いたりした時に、満足感を得ます。思わぬつながりを発見することや、何らかの一連のロジックがわかったことに幸せを見出すような人であれば、理論系は楽しいと思います。
――それは電子と原子核との力の及ぼし合いでも、神話の神様同士の競い合いであっても、どっちでも同じように楽しめるということでしょうか。
私は結局、ある体系があって、こういう状況になったときに、どんなことが起きるでしょうか、というシミュレーションが好きなんだと思います。その体系が一番しっかりしているのが物理です。最近では観測技術も進歩していて、理論で対象としている現象を、実験でそのまま観測できる場合があります。私としては、例えば経済学的な対象でも良いのですが、それより物理には再現性があるし、理論と実験の対応もしっかりしているので、そこが魅力かなと思います。原子核物理などの分野では加速器とか、実験が大掛かりになりますが、物性物理ですと、近くの研究室とコラボしたり、ご近所さんといっしょにやれるのも面白いですね。
――物理では、試して答え合わせをすることができるんですね。神話や歴史の場合、読むしかないですからね。
古代の哲学者同士でレスバトルさせるなんて実験はできないですよね。知識として知るには神話や歴史も楽しいのですが、自分で動かしたりできないので、そういう意味で物理は楽しいと思います。あまり馴染みはないかもしれないですけど、物理は一つの非常によくできた論理体系なので、一般の方にも楽しい物語みたいな観点で見てもらえると親しみが持てるかもしれません。こんなところに、こんなお話があるんだ~、みたいに。その物語の本質はどうしても数式になってしまうのですが。
――電子とか原子とか、固体物理の登場人物と、これから仲良しになれば、楽しめそうですね。
――ところで、今までのお話からも垣間見えていますが、先生の研究スタイルや、哲学、あるいは研究で目指しているものなどについてお話いただけませんでしょうか。
研究では、基本的には自分が興味を持ったことを追求しようというのがコアになります。でも、もう一つ、職業としての研究者という点も気にしていますね。仕事としてやっている以上は、一定の成果を挙げないといけないと思います。自分の興味に基づいた、成果が出るか出ないかわからないテーマと、具体的なニーズや、共同研究などがあって、成果が出るものと、両方ともこなすことは意識していますね。
――両方バランスをとりつつ、ご興味と実用性の両方を目指されているのですね。
そうです。けど実用性は、産業応用だけとは限らないですよ。例えば、実験的に観測されている現象の理論的な背景がわからない、という場合、理論研究は実験家のニーズに応えられます。それから、バランスは時期によっても変わります。大きいプロジェクトが走っていたら、どうしてもそのプロジェクトには貢献する必要があります。それが終わって、今、特になんもない、暇や~、みたいなときには、興味に基づく仕事に時間が割けます。臨機応変に考えつつ、いろいろ意識しながらやっていくことですね。プロは成果を出してなんぼだと思っているので。
――分子研では、そういったスタイルの研究はやりやすいでしょうか。また、教育などとの兼ね合いはいかがでしょうか。
分子研の研究環境は素晴らしく、自分のスタイルに沿った研究がしやすいです。教育は現職ではあまり機会がないですね。前の職場は大学だったので教育に使う時間も多かったです。学生さんと一緒にわいわいやるのは、それはそれで楽しかったです。最初全然わかっていなかった感じの学生さんが、面倒をみているうちに、ちゃんとした修士論文が書けるようになったりすると、やはり教育って価値があるんだなと思いました。そういうことは嫌ではなかったですが、大学は研究・教育以外にも、雑用、と言ってはなんですが、そういうことのウエイトが大きいです。分子研ではそれがぐっと減って、研究に使う時間が増えましたね。
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