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研究成果

高濃度ドーピングで有機太陽電池の逆積層に成功―高濃度ドーピングによる有機半導体/金属界面のオーミック化― (平本グループ)

[研究の背景]

有機太陽電池は、合成が可能な有機半導体を用いたデバイスとして、非常に低コスト、軽く、フレキシブルで、生活にとけこんだ多彩なカラーのデザインの有機太陽電池シートが3〜5年程度で商品化され、架台のような重い構造を必要とせず、屋根、壁、窓、自動車、ありとあらゆる場所に簡単に印刷、貼付け、ラッピング、塗布して、身近な社会全体に普及することが期待できます。
この全く新しい、有機材料に特有の長所をもった太陽電池は、エネルギー問題解決の一翼を担うべく、次世代の太陽電池として産業的な応用が進みつつあります。
既に実用化されている無機系のシリコン太陽電池では、すでに確立された半導体物性物理学に基づいた明瞭なエネルギー設計によって、望みの性能のセル(太陽電池)を作製できます。しかし、有機太陽電池については、有機半導体物性物理学の基礎科学的な研究の蓄積が全く不十分です。特に、セル性能を設計して望み通りに製造するためには、有機太陽電池の電圧を生み出す起源(内蔵電界)に関する、有機半導体物性物理学(バンドギャップサイエンス)の研究が不可欠です。

分子科学研究所の平本教授のグループは、有機太陽電池についても、無機系太陽電池のように、“バンドギャップサイエンス”を確立させたいという構想の下、これまでに、有機半導体では全くの未開拓の領域であったドーピングによるpn制御技術(注1)に取り組み、2011年3月、代表的なn型半導体であるフラーレン(C60)にモリブデン酸化物(MoO3)を共蒸着によりドープし、p型になることを世界で初めて示しました(分子科学研究所プレスリリース2011年3月1日)。また、その後、フラーレン(C60)へカルシウム(Ca)を同様に共蒸着し、意図的にn型にすることで、単一の有機半導体としてフラーレン分子(C60)の単独薄膜の中に、pnホモ接合を形成し、太陽電池として動作させることに初めて成功しました(分子科学研究所 研究成果2011年10月4日)。これは、有機太陽電池も無機系太陽電池と同様に、フェルミレベルの自由なコントロールが可能なこと、つまり、エネルギー設計によって性能を予測し、望みの性能のセルを自由自在に作れることを意味しています。
また、3つの異なる物質を同時に蒸着する3元蒸着において、コンピュータを用いてきわめて精密に制御することで、ドーピング濃度を100万分の1(ppm)レベルで自在に操れる技術を開発することで、2つの有機半導体が混ざった共蒸着膜中へドーピングすることも可能にし(分子科学研究所プレスリリース2011年9月16日)、フラーレン(C60)以外にも代表的なp型半導体であるメタルフリーフタロシアニン(H2Pc)のpn制御、pnホモ接合の形成にも成功しております。その他のほとんどどのような有機太陽電池の主要な材料に対しても、この技術を用いることで、ドーピングによるpn制御が可能であることが現在わかっています。

今までは、有機半導体に微量のドーピングをすることで、精密なpn制御を行ってきましたが、今回は、あえて数% (数万ppm)オーダーの高濃度のドーピング(ハイドーピング)を有機半導体へ行うことで、無機半導体におけるp+-もしくはn+-ドープのようなハイドープ層(プラスはハイドープされた領域であることを示す)をつくり、有機太陽電池の有機半導体/金属電極界面へ挿入しました。これは、ハイドープにより、界面近傍のエネルギーを局所的に動かすことで、光によって発生した電流(光電流)の取り出し時に抵抗となる障壁の厚さを極限まで薄くし、電荷キャリアの障壁のすり抜け(トンネル効果)を起こし、有機半導体/金属電極界面をオーミック化できることを期待してのことです。トンネリングは界面間のエネルギーの差に、ほとんど関係なく起こるので、有機半導体/金属電極界面をオーミック化できると、どんな種類の金属も電極に使用することができるようになります。すなわち、有機太陽電池のセル構成や使用する電極をわざわざ変えなくても、そのまま有機半導体の積層順を逆にした構成のセルが作製可能です。これは、有機太陽電池の設計の自由度を格段に向上し、効率向上の基礎技術となります。

 

[研究の成果]

これまでの研究成果の蓄積に基づき、研究グループの、久保雅之CREST研究員は、有機半導体へ一般的によく用いられる物質をハイドープすることで、有機半導体/金属電極界面をオーミック化することに成功しました。
ハイドーピングは真空蒸着装置において共蒸着によって行いました。アクセプター性ドーパントとして酸化モリブデン(MoO3)を、ドナー性ドーパントとして炭酸セシウム(Cs2CO3)を、蒸着速度を変化させ、それぞれ5%(50,000ppm)と1%(10,000ppm)ハイドープしました(図1)。このとき、アクセプター性ドーパントである酸化モリブデン(MoO3)をドープした膜は、どちらともp型有機半導体となり、ドナー性ドーパントである炭酸セシウム(Cs2CO3)をドープした膜は、どちらともn型有機半導体になることは、ケルビン振動容量法により、フェルミレベル(注2)という、n型またはp型の性質の程度をエネルギーレベルで示した量の測定により確認しました(図2)。 

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図1 フラーレン(C60)もしくはフリーフタロシアニン(H2Pc)と、ドーパント(MoO3又はCs2CO3)の共蒸着。
(p型化に用いるアクセプター性ドーパントMoO3とn型化に用いるドナー性ドーパントCs2CO3は、工程を止めることなく連続して切り替えることができ、それらの濃度はコンピュータ制御でppmレベルで制御できます。)   

※Å(オングストローム 100億分の1メートル)

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図2 モリブデン酸化物(MoO3)ハイドープによってp+型化されたメタルフリーフタロシアニン(H2Pc)と、炭酸セシウム(Cs2CO3)ハイドープによってn+型化されたフラーレン(C60)のフェルミレベル測定の結果。フェルミレベル(赤破線)が上にあればn型、下にあればp型を意味する。
ITO透明電極、銀(Ag)電極のフェルミレベルも一緒に示す。

※eV(エレクトロンボルト(電子ボルト)は、エネルギーを表す単位。

今回実験に使用したセルは、今までに当研究室で、単独膜でのpn制御に成功しているフラーレン(C60)とメタルフリーフタロシアニン(H2Pc)のpnヘテロ接合をもつ2層セルです。これは、一般的によく使用されているn型有機半導体(C60)とp型有機半導体(H2Pc)の有機太陽電池の基本とも言えるセル構成でもあります。このセルの有機半導体/金属電極界面は、ITO透明電極界面と銀(Ag)電極界面の2つあり、今回はこの2つの界面の有機半導体部分へ、それぞれ10 nmという薄い範囲に同時にハイドープしました。また、比較として、ハイドープしていないセルも作製しました(図3,5)。
まず、有機太陽電池の代表的構造である、ITO電極上にp型有機半導体であるメタルフリーフタロシアニン(H2Pc)膜をつくり、その上にn型有機半導体であるフラーレン(C60)膜をつくり、最後に銀(Ag) 電極をつくる作製順でセルを作製しました(順積層セル) (図3)。

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図3 作製したフラーレン(C60)/フリーフタロシアニン(H2Pc) 2層セル構造。
一般的に作製されるITO電極側にp型有機半導体(H2Pc)、銀(Ag)電極側にn型有機半導体(C60)を積層した順積層セル。 
左のセルが、有機半導体/金属電極界面近傍へハイドープしたセル。
右のセルはハイドープしていない比較用のセル。

この時の光を照射した時(図の実線)と光を照射していない暗時(図の破線)の電流-電圧特性(J-V特性)を示します(図4)。起電圧方向がITO/MoO3側がマイナス、Ag側がプラスの時、整流性が良い太陽電池では、グラフの第1象限に四角に近い曲線が得られます。これを太陽電池のパラメーターでは形状因子(フィルファクター(FF))といい、この値が1に近ければ近いほど、高性能の太陽電池ということになります。今回の測定では、界面にハイドープしていないセルのJ-V曲線(橙色)は、フィルファクターが0.29と極端に小さく、曲線が大きく崩れてしまっていました。それに伴い光を電力へ変換する効率も、0.31%と小さくなりました。それに比べて界面ハイドープがあるセルのJ-V曲線(赤色)は、フィルファクターが0.59と大きく、第一象限の曲線がより四角に近い形をしており、変換効率も0.91%と、ハイドープしていないものよりも大きくなりました。つまり、界面近傍の有機半導体へハイドープすることで、オーミック化が起こり、界面の抵抗が小さくなっているため、太陽電池の整流性が良くなったことがわかりました。

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図4 2つの順積層セル(図3)の電流-電圧(J-V)特性。界面にハイドープしたセルを赤色、ハイドープしていないものをオレンジ色で示す。実線は光を照射した時のJ-V曲線、破線は、光を照射していない(暗時)のJ-V曲線。

次に、全く同じ電極(ITOとAg)を用いて、電極に挟まれた2つの積層した有機半導体部分を逆に積層したセルを作製しました(逆積層セル) (図5)。つまり、ITO側にn型有機半導体であるフラーレンC60膜を積み、その上にp型有機半導体のフリーフタロシアニンH2Pcを積んだ構成です。この構成は2つの電極と、有機半導体のエネルギーの相性が悪く、電池性能として大きなものが期待できない構成です。このセルにおいても界面にハイドープしたセルとハイドープしていないセルを作製し、J-V特性を比較しました(図6)。起電圧方向がITO/MoO3をマイナス、Agをプラスとしたとき、逆積層セルでは、性能が良いとグラフの第3象限に四角に近い曲線が得られます。しかし、界面ハイドープがないセルのJ-V曲線(緑色)は、第1象限に現れました、これは有機太陽電池の性能が悪すぎて、逆電流が流れていることを示します。一方、界面ハイドープがある逆積層セルの場合、J-V曲線(青色)は、期待した通り第3象限に現れ、フィルファクターは0.49と、界面ハイドープがない逆積層セルに比べ、ずっと良い特性を示していることがわかりました。これらのJ-V特性から、そのままの2層セルではエネルギー的に不利である逆積層セルにおいても、界面にハイドープすることで、有機半導体と金属電極のフェルミレベルに関係なく、整流性の良い有機太陽電池の作成に成功したことがわかりました。

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図5 図3のセルで使用している電極や、有機半導体を変えず、電極に挟まれた有機半導体部分だけ積層順を逆さにした逆積層セル。
左のセルが、有機半導体/金属電極界面近傍へハイドープしたセル。
右のセルはハイドープしていない比較用のセル。

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図6 2つの逆積層セル(図5)の電流-電圧(J-V)特性。界面にハイドープしたセルを青色、ハイドープしていないものを緑色で示す。実線は光を照射した時のJ-V曲線、破線は、光を照射していない(暗時)のJ-V曲線。

さらに、有機半導体/金属電極界面へハイドープした効果を、もっと詳しく調べるために、ITO透明電極上に、Cs2CO3をハイドープしたフラーレンC60を、厚さを少しずつ変えて堆積させ、ケルビン振動容量法による、フェルミレベル測定を行いました(図7)。この測定したフェルミレベルの値を用いると、ITO電極上のハイドープした有機半導体のエネルギー構造を実スケールで描くことができます(図7)。
まず、ハイドープC60界面では、エネルギーバリアー(ショットキー障壁)があることを確認しました。本来このバリアーがあると、オーミック接合にならず、電子の取り出しはうまくいきません。しかし今回は、ハイドープで、局所的にエネルギーを変化させているので、バリアーの幅が5 nmととても薄くなっています。これにより、電荷キャリア (ここでは電子)が、このショットキー障壁をトンネル効果によってすり抜けることが出来ます。そのため、この界面においてもオーミック接合を作ることができました。

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図7 ITO電極上に、アクセプター性ドーパントの炭酸セシウム (Cs2CO3)をハイドープしたn+-C60の厚さを変えながら積み、ケルビン振動容量法によって測定した仕事関数の値を膜厚に対してプロットしたグラフ(上図)と、この結果から描いた、実スケールのエネルギー図 (下図)。n型有機半導体なので電子がキャリアとなる。

 これは、逆積層セル(図5)のITO電極/Cs2CO3ハイドープC60界面の実スケール描画に相当する。逆バリア(ピンク色にうすく着色した部分)は存在するが、その厚さが5 nmと非常に薄いため、電子がトンネリングによってITO電極に簡単に通り抜けることができ、オーミック接合化する。これにより、今回の逆積層セルが作製できるようになった。

 以上の順積層セルや逆積層セルの特性、ケルビン振動容量法の測定の結果から、今回のセルの全ての有機/金属界面を、ハイドープによってオーミック化することに成功しました。つまり、p型有機半導体またはn型有機半導体/ITO電極またはAg電極のすべての組み合わせにおいて、ハイドーピングによるセル性能の向上がみられました。つまり、このハイドープ技術を用いると、有機半導体の積層を自由に構成でき、使用する電極の種類も自由に選択できることになります。これは、有機太陽電池、設計作製の自由度を格段に向上させる成果です。

[今後の展開及びこの研究の社会的意義]

有機半導体の積層を自由に構成でき、使用する電極の種類も自由に選択できる今回のハイドープ技術と、今までのppmオーダーという精密なドーピングによる有機半導体におけるpn制御技術を組み合わせることで、有機太陽電池の構成においては、できないセル構成は無いと期待しています。次に行うべきことは、理論に基づいた高い電池性能が出るべくセル構成を最適化し、実用化レベルの10-15%の効率を実現していくことです。

用語解説

1) ドーピングによるpn制御
無機系(シリコン)半導体では、シリコンSi結晶中にリンPがドープされたn型半導体と、シリコンSi結晶中にホウ素Bがドープされたp型半導体のpn制御ができる。

有機半導体でも、有機半導体分子間に適切なドーパントを導入することにより、n型とp型の制御ができるのではないかという発想が、今回の成果につながった。

2) フェルミレベル
半導体個体中の電子の持つエネルギーのこと。n型とp型半導体では、フェルミレベルに差があり、その差が太陽電池の電圧として現れる。EFと書く。ケルビン容量測定によってフェルミレベル(EF)を直接測定できる。

論文情報

掲載誌:APEX (Applied Physics Express)

論文タイトル:Invertible Organic Photovoltaic Cells with Heavily-doped Organic/Metal Ohmic Contacts
(高濃度ドープによる有機/金属オーミック接合を用いた逆積層可能な有機太陽電池)

著者:Masayuki Kubo, Yusuke Shinmura, Norihiro Ishiyama, Toshihiko Kaji, Masahiro Hiramoto

掲載日:2012年9月6日(オンライン版) http://apex.jsap.jp/link?APEX/5/092302/

研究グループ

平本 昌宏(ひらもと まさひろ)
自然科学研究機構 分子科学研究所 分子スケールナノサイエンスセンター 教授

http://www.ims.ac.jp/research/group/post-14/

 

その他

平本Gでは、有機太陽電池の開発に興味を持つ学生を積極的に募集しております。これまでの研究のバックグラウンドは問いません。分子研に併設された、総合研究大学院大学(総研大)の来年度2013年度4月入学の募集(5年一貫制博士課程 3年次編入学)は、2013年1月28、29日にあります。平本(hiramoto@ims.ac.jp)にコンタクトください。歓迎致します。

平本Gホームページ: http://groups.ims.ac.jp/organization/hiramoto_g/