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2026/02/02
プレスリリース
【発表のポイント】
分子科学研究所の高橋翔太特任助教、櫻井敦教助教(兼 総合研究大学院大学助教)、望月達人大学院生(総合研究大学院大学)、杉本敏樹准教授(兼 総合研究大学院大学准教授)らの研究グループは、物質に生じる非線形な光学応答の効率を、外部からの印加電圧によって操作可能とする新しい手法の開発に成功しました。原子スケールで探針位置を制御可能な走査トンネル顕微鏡(STM)では、金属探針と金属基板の間に数オングストローム(100億分の1メートル)級の非常に小さなギャップを形成することができます。研究グループは、この微小なギャップ空間に非線形な光学応答を示す物質を閉じ込め、±1 Vの範囲で探針と基板間に電圧を印加しながらフェムト秒パルスレーザー(4)を照射したところ、閉じ込められた物質から得られる第二高調波発生(SHG、図 1a)(5)の光の強度がおよそ2000%程度も変調されることを見出しました。さらに、この巨大な電気的変調効果は、物質に照射する光の特定の波長にほとんど依存せず、可視光から近赤外光、さらには中赤外光にまたがる幅広い波長領域において有効に生じる現象であることも確かめられました。本研究は、オングストロームスケールの金属ギャップが物質の非線形光学応答を制御するための非常に有用なプラットフォームであることを世界で初めて示すものであり、原子スケールの超小型サイズで動作する次世代光エレクトロニクス技術の開発に向けた基礎学理を提供する重要な成果です。
本研究成果は、国際学術誌『Nature Communications』に、2026年1月24日付でオンライン先行公開されました。
物質に強い光を照射すると、物質を構成する電子や原子核が強く揺さぶられることにより、光の強度に対して非線形な分極(電荷の偏り)が生じます。この非線形分極は、物質固有の屈折率の変調や、入射光とは異なる波長をもつ新たな光の発生など、通常の線形光学では現れない多様な光学現象を引き起こすことが知られています。このような非線形光学現象は、光情報通信や超解像イメージング、さらには高感度な分光分析など、現代の光技術で中核をなす存在であるため、非線形光学応答を高効率に引き起こし、その特性を自在に制御することは、基礎科学および応用科学の両面から極めて重要な課題となっています。
物質の非線形光学応答を高効率に増幅する有効な手段の一つが、ナノメートルスケールの微細な金属構造体で誘起される「プラズモン(6)」の利用です。光の波長よりも微細な金属ナノ構造体に光を照射すると、一般にその表面でプラズモンと呼ばれる電子の集団振動が生じ、金属ナノ構造体近傍のナノ領域で入射光が局在・増強された「近接場」と呼ばれる特殊な光が形成されます。非線形光学応答の発生効率は入射光強度の2乗や3乗といったべき乗項に比例するため、プラズモンにより増強された近接場光を利用することで、物質中で生じる非線形光学現象を飛躍的に強めることが可能になります。
さらに、プラズモン構造が一般に導電性の高い金属材料から構成されている点に着目し、プラズモン構造に光を照射しつつ外部から数V~数十V程度の電圧を印加すると、プラズモン増強された非線形光学応答の効率がリアルタイムに変調されることも分かってきました。このような原理を用いて、物質の非線形光学応答を状況や用途に応じて自在に制御することができれば、プラズモンを利用した高機能な光スイッチング素子や新たなセンシングデバイスの開発に役立つと期待されます。しかし、こうした研究で従来用いられてきたプラズモン構造のサイズは、およそ100 ナノメートル程度と比較的大きく、非線形光学応答によって発生する光強度の電気的な変調幅は、最大でも1 Vあたり約10%にとどまっていました。このように、既存のプラズモン構造では電圧による制御効率に限界があったことから、電圧印加に対してより鋭敏に応答し、物質の非線形光学応答をより大きく変調できる新しいスキームを実現することが強く求められてきました。
今回、研究グループは、従来の研究における制御効率の限界値を2桁以上も上回り、「1 Vあたり約2000%」というこれまでにない巨大な変調幅で物質の非線形光学応答を電気的に増幅することに成功しました。この成果を実証するためのプラットフォームとして、研究グループは非常に鋭く尖った金属探針(図 1b)を備え付けた走査トンネル顕微鏡(STM)に着目しました。STMの金属ナノ探針と金属基板の間には、距離1 ナノメートル以下の微小なギャップが形成されており、このナノギャップに光を照射すると、微小なギャップ空間に局在する近接場が形成され、ギャップ内に閉じ込めた物質の非線形光学応答がナノ領域で著しく増幅されます(図 1c、参考:過去のプレスリリース[a-c])。本研究では、最も基本的な非線形光学応答である第二高調波発生(SHG)に着目しました(図 1a)。約5オングストローム(100億分の5メートル)の微小な間隔を空けた探針-基板間ギャップに非線形光学媒質である分子を配置し、そこにパルスレーザーを照射したところ、過去の研究[a-c]と同様に、SHG発生効率が近接場によって強く増強されることが確認されました(図 2a水色のスペクトル)。

図 1 a. SHG過程のエネルギーダイアグラム。物質に周波数ωを持つ強い光を入射すると、その2倍の周波数(2ω)を持つSHG光が発生する。b. STM装置に設置した金探針の先端の拡大写真。先端の曲率半径は約50ナノメートルと非常に鋭くなっている。c. SHG実験の模式図。近赤外光のフェムト秒パルスレーザーをSTMのナノギャップに照射し、その光を近接場として局在・増強させることで、ギャップ中に存在する分子からのSHG光を検出する。本研究では、探針と基板の間に印加する電圧Vの影響を調べた。

図 2 a. 探針-基板間距離を約30ナノメートル離した場合(灰色)と、数オングストロームの距離まで近接させた場合(水色、青)に観測されたSHG信号の比較。探針と基板の距離が遠い状態では信号はほとんど観測されなかったが、両者を1ナノメートル以下にまで近づけることで強い近接場増強が起こり、SHG信号が観測されるようになった。1500 nmの近赤外光を励起光として用いたため、その半分の波長である750 nmのSHG光が観測されている。さらに、探針と基板の間に印加する電圧を0.1 V(水色)から0.75 V(青)に上げると、SHG信号の強度がさらに増大した。b. 探針と基板の間の印加電圧と距離の関係。電圧を0.1 Vから0.75 Vに上げると、距離は約5オングストロームから7オングストロームに伸びることが分かる。
ここで重要なのは、ギャップに照射する光の波長や強度を一定に保ったまま、探針と基板の間に印加された電圧を0.1 Vから0.75 Vへと上昇させると、近接場増強されたSHG光の強度がさらに増大するという点です(図 2a青色のスペクトル)。電圧を上昇させた際、探針と基板の間のギャップ間隔は5オングストロームから7オングストロームに伸びています(図 2b)。一般に、プラズモンがどの程度光を増強するか(光増強度)はギャップ間の距離に依存するため、今回観測された強度変調(図 2a)も距離の変化がきっかけで引き起こされたもののように見えます。しかし、このような数オングストロームの距離においては近接場による電場増強が抑制され、電場増強度がギャップ間距離にほぼ依存しなくなることが知られています。すなわち、図 2aに示した強度変化は、ギャップ間距離の伸長に伴う光増強度の変化が原因ではなく、ギャップ間に印加された電圧が、ギャップ内部で生じる非線形光学効果を大きく変調する働きを担っていることを明確に示しています。
このような電気的変調現象の特性を詳しく調べるために、研究グループはギャップ距離を約7オングストロームで一定に保ちつつ印加電圧を系統的に変えることで、プラズモン増強SHG光の強度の電圧依存性を測定しました。その結果、SHG光の強度は印加電圧に対して2次関数的な依存性を示しており、加えて±1 V印加時のSHG強度は、電圧を印加しない0 Vの場合のSHG強度と比べておよそ2000%も増大することが示されました(図 3)。すなわち、図 3の結果は、従来研究で報告されてきた「1 Vあたり約10%」という制御効率を2桁以上も上回る非常に高効率な電気的変調が、オングストロームスケールの金属ナノギャップにおいて実現されていることを示しています。さらに、この巨大な電気的変調は、SHG過程だけでなく、波長の長い中赤外光をより短波長の近赤外・可視光に波長変換する和周波発生(SFG)(7)過程においても有効に働くことも見出されました(図 4)。このことから、本研究で見出された電気的制御のスキームは、特定の波長域に限定されない汎用性の高い非線形光学応答制御手法であることも示されました。

図 3 印加電圧を変えた場合に、SHG強度がどの程度変化するかという変調度をプロットしたグラフ。縦軸の値は、電圧を印加しない0 Vの場合のSHG強度に対し、電圧を印加した場合のSHG強度がどの程度増幅されたかをパーセント表示したものである。

図 4 a. SFG過程のエネルギーダイアグラム。中赤外光(ω1)と近赤外光(ω2)を物質に照射することで、それらの和の周波数(ωSFG = ω1 + ω2)を持つSFG光が発生する。b. 中赤外光と近赤外光のフェムト秒パルスレーザーをSTMのナノギャップに同時に照射し、それらの光を近接場として局在・増強させることで、ギャップ中に存在する分子からのSFG光を検出する。c. 探針-基板間距離を約30ナノメートル離した場合(黒)と、数オングストロームの距離まで近接させた場合(3本の青いスペクトル)に観測されたSFG信号の比較。探針と基板の距離が遠い状態では信号はほとんど観測されなかったが、両者を1ナノメートル以下に近づけることで強い近接場増強が起こり、SFG信号が観測されるようになった。1033 nmの近赤外光と3280 nmの中赤外光を励起光として用いたため、それらの和の周波数を持つ波長785 nmのSFG光が観測されている。さらに、探針と基板の間に印加する電圧を0.25 V(水色)から0.75 V(青)に上げていくと、SFG信号の強度が増大する振る舞いが見られた。d. 図 3と同様に、印加電圧を変えた場合に、SFG強度がどの程度変化するかという変調度をプロットしたグラフ。
さらに研究グループは、観測された印加電圧依存性(図 3、 図 4d)の挙動を詳細に解析することで、今回実現された著しい電気的変調現象の起源は、探針-基板間ギャップに生じた巨大な静電場であることを明らかにしました。一般に、2つの金属電極を正対させたコンデンサーに電圧を印加すると、その内部には印加電圧Vに比例し電極間距離dに反比例する静電場(EDC = V/d)が発生します。本研究で用いた金属探針-金属基板間のギャップ構造も、静電場を発生させる極小のコンデンサーと捉えることができます。ここで重要なのは、探針-基板間のギャップ距離が通常のコンデンサー構造と比べて著しく短いオングストローム級の値であるという点です。このため、わずか1 Vの電圧を印加するだけで、109 V/mオーダーの非常に巨大な静電場をギャップ内部に発生させることができます。研究グループは、この巨大な静電場が物質の電子状態に直接作用することで、非線形光学応答に関与する電子の振る舞いが大きく変化し、結果として極めて大きな非線形光学応答の電気的な変調が生じていると結論付けました。従来の研究で用いられてきたプラズモンギャップ構造は、およそ100ナノメートルと比較的大きなサイズであり、約109 V/mもの巨大な静電場を内部で発生させることは困難であったため、実現される変調幅は1 Vあたり10%程度にとどまっていたと考えられます。このことから本研究は、これまで100ナノメートルスケールのプラズモン構造に基づいて行われてきた非線形光学応答の電気的変調効果を、オングストロームのスケールへ拡張した初の研究であり、その結果、従来にない極めて高効率な非線形光学応答の電気的制御が実現されました。
【過去のプレスリリース記事】
[a] 新開発極微非線形分光法で観る1億分の1メートルの分子集団の世界―不均一な材料表面における分子メカニズムの解明へ―(URL: https://www.ims.ac.jp/news/2026/01/0119.html)
[b] 微小空間に閉じ込められた光を用いて少数分子から生じる和周波発生信号を検出―分子の向きも識別できる次世代のナノ計測技術―(URL: https://www.ims.ac.jp/news/2025/05/0512.html)
[c] ナノスケールの極微空間における超広帯域な非線形光学応答の増強効果を解明-新奇ナノ非線形分光法の発展に向けて-(URL: https://www.ims.ac.jp/news/2023/07/230728.html)
本研究は、電圧印加可能なオングストローム級の金属ギャップ構造が、物質の非線形光学応答を極めて高効率に変調できる有用なプラットフォームであることを初めて示すものであり、超小型サイズで動作する次世代光エレクトロニクスの可能性を拓くものです。また、本研究で発見された巨大な電気的変調現象は、このような応用的な可能性のみならず、基礎科学的な観点からも大変興味深い現象であり、STMを用いて表面に存在する特定の分子や原子を選び出し、その局所的な非線形光学応答を電気的にスイッチするという、極微スケールの物質制御研究にも展開できると考えられます。このような研究に加え、研究グループは今後の研究展開において、より顕著な電気応答性を示す非線形光学材料を用いてさらに大きな非線形光学応答の変調に挑戦するとともに、オングストロームスケールの空間における電気的変調メカニズムをより精密に記述する理論的枠組みの整備も進めていきます。これらの研究の進展により、非線形光学、ナノフォトニクス、物性物理、電子工学といった理学・工学の幅広い分野に波及効果がもたらされると期待できます。
(1) 非線形光学応答
物質に対し非常に強い光が照射された際に起きる、光の強度に比例しない(非線形な)物質の応答のこと。物質固有の屈折率が変化したり照射した光とは別の色の光が生まれたりする。
(2) 走査トンネル顕微鏡(STM)
原子スケールに鋭く尖った金属探針を試料に1ナノメートル程度まで近づけると、量子力学的な効果によりトンネル電流が流れるようになる。このトンネル電流の大きさを指標としながら、探針で物質表面上をなぞっていくことで、表面の電子状態や凹凸構造を原子分解能で観測できる顕微鏡。
(3) オングストローム
原子サイズの距離などのごく短い長さを表す際に用いられる単位の一種であり、1オングストロームは0.1ナノメートル、すなわち100億分の1メートルに相当する。記号はÅと表記する。
(4) フェムト秒パルスレーザー
フェムト秒(1000兆分の1秒)単位の非常に短い時間だけ光を発することのできるレーザーシステム。SHGの実験では、パルス幅300フェムト秒、波長1500 nmの近赤外パルスレーザーを使用し、SFGの実験では、パルス幅300フェムト秒、波長3280 nmの中赤外パルスレーザーと、パルス幅1000フェムト秒、波長1033 nmの近赤外パルスレーザーを使用した。
(5) 第二高調波発生(SHG)
(1)で述べた非線形光学応答の一種であり、物質に強い光を入射した際に入射光の2倍の周波数(すなわち半分の波長)を持つ光が発生する現象。
(6) プラズモン
物質中の多数の電子が一斉に集団振動することで生じる電荷の粗密波。自由電子を豊富に含む金属材料において頻繁に生じる。特に金属をナノメートルスケールの小さなサイズに加工した金属ナノ構造で生じるプラズモンは「局在表面プラズモン」と呼ばれ、その周囲のナノ空間に光を強く閉じ込め、増強させる働きを持つ。
(7) 和周波発生(SFG)
(1)で述べた非線形光学応答の一種であり、周波数の異なる2種類の光を物質に照射した際に、それらの光の和の周波数を持つ新たな光が発生する現象。
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:"Giant near-field nonlinear electrophotonic effects in an angstrom-scale plasmonic junction"(オングストロームスケールのプラズモニック接合における巨大な近接場非線形電気光学効果)
著者:Shota Takahashi, Atsunori Sakurai, Tatsuto Mochizuki, and Toshiki Sugimoto
掲載日:2026年1月24日(オンライン公開)
DOI:10.1038/s41467-026-68823-4
自然科学研究機構 分子科学研究所
本研究は以下の支援の下で実施されました。
杉本 敏樹
櫻井 敦教
高橋 翔太
杉本 敏樹(すぎもと としき)
自然科学研究機構 分子科学研究所/総合研究大学院大学 准教授
TEL : 0564-55-7280
E-mail : toshiki-sugimoto_at_ims.ac.jp(_at_は@に変換してください。)
櫻井 敦教(さくらい あつのり)
自然科学研究機構 分子科学研究所/総合研究大学院大学 助教
TEL : 0564-55-7287
E-mail : asakurai_at_ims.ac.jp(_at_は@に変換してください。)
高橋 翔太(たかはし しょうた)
自然科学研究機構 分子科学研究所 特任助教
TEL : 0564-55-7287
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総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
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