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研究・研究者

研究者インタビュー|解良 聡 教授

Researcher interview 2020. 07(1 | 2 ≫next
 

好奇心ノススメ―世界に学び、夢を抱いて、ともにフロンティアに立とう―|解良 聡 教授

今回の研究者インタビューでは、光分子科学研究領域の解良聡教授にお話を伺います。解良先生は、「有機半導体」のような、特別な機能を持った有機材料を対象とした研究を推進されています。機能性有機分子材料は、従来の無機材料に比べて多くの優れた性質を持つため実用化が期待されていますが、半導体を例にしてもなぜその機能が発揮されるのか、よくわかっていないため、開発は難航しています。解良先生は、材料を作っている分子の電子状態を最新の分析手法を駆使して調べることで、機能発現の謎に迫り、材料開発の指針を確立することを目指されています。それでは本日はよろしくお願いいたします。

※解良教授のプロフィールはこちらをご覧ください。

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研究者へのみち

――研究者を志した理由や、きっかけを教えてください。

自分でははっきり覚えていないんですが、小学校の頃、周りの友達に「研究者になるんだよね」と言われていたので、その気配はあったのかもしれません。星が好きだったので、星の写真を撮りに、父とよく山や海に行っていました。その時父に「天文学者になりたいんだけど」と話をしたら、「儲からないからやめておけ」と言われた覚えがあります。実家は商売をやっていましたから、お金の感覚がシビアだったんですね。その頃から、学者とか博士とかに、興味はあったんだと思いますが、実際の研究に出会ったのは大学に入ってからです。

――ご実家は商売を営んでいらしたのですね。ではもし研究者でなければ、どのようなことをされていたと思いますか。

研究が楽しくてしょうがないので、それ以外のことをあまり考えたことがありません。でも、サラリーマンには絶対なっていないです。もし研究者をやめたら、たぶん、起業して、トレーダー(貿易商)をやると思いますね。やはり商人の血が流れている気がします。海外に行ったとき「あ、これ日本で売れるんじゃないかな」と考えたりします。他には建築士になって、設計事務所を主宰して、依頼者の夢の家を作るのは面白いだろうなと思ったことはあります。だから、実験で使う真空装置の設計も好きで、学生のころからCADを使ってたくさんの装置のデザインをさせてもらっていました。

――研究者の方からは、大きな組織の一員になるのではなく、独立して自分で何かしたいと思っていた、とお聞きすることが多いように思います。

ああ、共通していますか。研究者に開拓者精神は絶対必要です。元々そういう気持ちのある人が、研究者になるのでしょう。これは必要条件じゃないですかね。
 

恩師と自然とに導かれて

――星がお好きだったとのことですが、現在の研究分野との出会いはどのような感じだったのでしょうか。

大学選びがターニングポイントでした。当時私は、人工臓器のための材料開発の分野に興味を持ち始めていました。ちょうど千葉大学に当時は珍しい名前の機能材料工学科が新設され、魅力を感じて、進学しました。千葉大学は3年生で研究室配属があるのですが、そこで上野信雄先生という、非常に個性の強い先生に出会って、一緒に研究したいと思い、上野研究室に入りました。これが研究分野との出会いですね。

――上野先生のお人柄に惹かれて、研究室を選択されたのですね。

上野先生と、原田義也先生の、とても個性の強いお二人で講座を作っていらっしゃいました。そこでは当時から、機能性有機分子がメインの研究をしていました。そういう意味では私は学生の時から、かれこれ25年ぐらい、やっていることが変わりません。これは珍しいと思います。一般的には学位をとったら研究室を移るべきと言われますよね。私も学生にはそう言うんですが。結果的には、私はこれ一本で、今日に至ります。

――研究室を異動しない道を、進まれたのですね。

学問の分野は広いので、いろいろな視点で物事をみる経験は大事です。研究室を移るのは正しい戦略だと思います。逆に、専門性を追求することによって、ようやくたどり着ける領域も間違いなくあります。結果論ですが、私は今、後者の方で進んでいると思います。おかげで私にしか見えていない世界が、あると思います。自然界が私を導いていた、と言ったらおこがましいでしょうが。

――特に一貫する研究のキーワードは何でしょうか。例えば「光電子分光」でしょうか、あるいは「固体表面の機能性有機分子」でしょうか。

キャッチフレーズは「分子の中の電子の気持ちを理解したい」です。電子の姿を見る方法として、光電子分光法を使っています。これは方法なので、より良い方法があれば乗り換えますし、方法の開拓や装置の開発も大事な研究です。また観測対象として、固体の表面に有機分子を並べています。これも手段のひとつなので、別のものでも良いです。

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分子の中の電子の気持ち

――一般人としては、分子の形、分子の集まり方、ぐらいまでは想像できるのですが、その中の電子の話になると、ちょっとついて行けなくなってしまいます。例えば、理科系が専門でない、教養のある方に「分子の中の電子の気持ち」を探る研究のイメージと、その意義を、説明していただけませんでしょうか。

難しいなあ。じゃあ、ガラスの容器に入った水を想像してみてください。容器が分子、水は電子に相当します。分子が集まってできた「物質」では、この、水の入った容器が沢山並んでいます。この物質が電気を流すためには、容器に入った水が、隣の容器に、順々に移動していく必要がありますよね。容器がぎっしり並んでいれば、隣どうしの容器、つまり隣どうしの分子は触れ合っていますね。ではその時に、分子の中の電子は、隣どうし触れ合って、流れることができるでしょうか?

――あ、それだけでは、容器の壁は触れ合いますが、電子は壁に阻まれて、隣には移れませんね。つまり電気は流れない。

ですよね。次に、分子じゃない場合を考えましょう。例えばシリコン(ケイ素)。コンピュータの部品を作るための「半導体」材料で、電気が流れます。シリコンは、原子どうしがすごく強い力で結ばれている硬い結晶です。その中で、一部の電子は、室温のエネルギーで、元々自分のいた原子から飛び出しています。飛び出した電子にとっては、材料全体が一つの大きな入れ物のようなものですから、自由に動けます。これなら電気が流れますよね。この原子の場合と、さっきの分子の場合とでは、状況が大きく違うことがわかると思います。さらに、分子っていう容器は柔らかくて、グニャグニャ動いていて、形が定まっていないんですよ。電気の流れを理解するためには、電子の動的な姿を表現する必要があるのですが、分子の形が時々刻々と変わっているので、電子の動きと分子の形の変化を同時に考える必要があります。グニャグニャ動いている容器が、緩くつながってできた物質の中で、電子はどうやって壁を越えて流れていくのか、これを、電子の気持ちになって探っていきます。

――複雑ですね。動的、というのは、電子が動くと分子がそのせいでまた動いてしまう、ということですか。

うん。だから同時に考える必要があります。従来の、分子一個を基準にした気体の研究で培われてきた分子科学では、原子(核)の運動と、電子の運動は、相互に影響しないので、分けてしまって良いと考えます。でも固体は、その枠組みで議論しては、たぶんいけないんです。モノ作りしようと思ったときに、分子の形をどうすれば良いか、それでは戦略が立てられない。分子でできた固体の中の電子の気持ちについて、誰かが学問体系としてまとめないといけないと思います。それが私の仕事です。


――基礎科学からガイドラインを提案できれば、モノ作りが変わりそうですね。

基礎研究は大事です。でも基礎研究について「何の役に立つんですか?」という問いに答えるのはとても難しいんですよ。研究の出口を見据えるのは研究者としての義務だとは思いますが。今は何の役に立つかわからない知財(知的財産)でも、ある時、急に世界が変わって、必須の道具になるかもしれない。だからできるだけの知財を準備しておく。その一端を担っていると思っています。研究者として何がしかの道具を提供できるか、人類の知的財産の蓄積は、すごく大事だと思います。

研究者を目指す方々へのメッセージ

――では、これまでのお話から、これから研究者、あるいは理系を目指す若い方々へのメッセージをいただけませんでしょうか。

人類の知的財産として、いろいろな要素が必要です。だから、人と同じことをしていてはダメです。もちろんチームでの研究は大事ですが、砂糖に群がるアリになっちゃダメです。オリジナリティーが重要で、そのためには広い視野が必要です。日本は良くも悪くもガラパゴス的に進化しやすくて、しかもこの様子は国内にいたのでは、わからない。だから若い時は、何年かは海外で仕事をして、外から日本を見てほしい。全く違う文化圏の中で生活し、研究することで、違う方法論、違う考え方を身につけてほしい。

――先生は以前ドイツで研究をされていますね。その時のご経験が大きく影響しているのでしょうか。

はい。今の世界で、ドイツは基礎的な学術研究を継続できている数少ない先進国の一つで、私は1年しかいませんでしたが、そこでの経験は、今でもとても役に立っています。大切なことは、主に二点あるんですが、まず一つは、研究者としての考え方を学んだ、師匠との出会いですね。ドイツではウムバッハ先生という方にお世話になりました。ドイツ物理学会の重鎮です。ある時、今月の実験成果をプレゼンで話していたら、それを聞いていたウムバッハ先生から「俺は今から悪魔になる。ドイツ流のやり方を教えてやる」と急に真顔で言われたのを覚えています。確かに先生の指導は厳しかったですが、実は、上野先生も厳しい方だったので「うん、まあ似たようなもんだな」と思いました。私には日本の父と、ドイツの父と、二人いて、すごく助けられています。私は大学の時に父を亡くしているので、残念ながら、父とお酒を飲む機会がなかったんです。私は勝手に上野先生をその代わりの師匠と考えています。二つ目は、友達ですかね。ドイツで知り合った人たち、当時の学生や若手研究者は、その後、研究者として大きくなっていて、共同研究とか、助けてもらっています。今、研究分野がどんどん細分化されていて、とても一人ではゴールにたどり着けないので、お互いの強みを生かして一つのゴールに向かっていく、国際共同研究は不可欠ですから。

――初対面の人といきなり共同研究を行うのは難しいですか。

本当に必要であれば、初め全く面識がなくても、共同研究はできると思います。でもやはり人間ですので、仲のいい人たちとなら楽しいですし、うまく進みます。信頼関係ですね。

若者へのメッセージとしては、だから、研究を楽しみなさいという事ですね。楽しくやらないとやっぱりダメだと思いますね。人に言われてやることではないです。そして行動しましょう。学生に、どの実験をやっていいかわからないと、よく相談されるんですけど、「悩むんならやれよ。実験結果が教えてくれるから」って言います。実験結果を見れば、それが正しかったかわかって、次も見えてくる。

――メッセージありがとうございました。

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